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まちのバーテンダーは、相性よくまちとひとを混ぜ合わせるのも得意「磨屋町」

まちを愛するひとのインタビュー2022 その2
『バーコントワール』園田浩也さん

JR岡山駅東口からまっすぐ桃太郎通りを眺めると、路面電車「岡山電気軌道」が走る光景が見えます。市民からは岡電と呼ばれ、マチナカを気軽に移動できる交通手段として親しまれています。

JR岡山駅を背に、路面電車に乗って5分、歩くと10分ほど行き、右手に広がるのが磨屋町。「とぎやちょう」と読み、かつては刀研ぎ職人が住み、表町商店街を支える商人のまちとして発展してきました。

マチナカをざっくり「駅前」「西川」「表町」「城下」とエリアを分けた場合、磨屋町は西川と城下のちょうど真ん中にあります。駅前や西川で夜ご飯を食べた後、思いたち、ふらりと立ち寄れる。そんな静かで落ち着いているエリアです。

そんな磨屋町の一角にあるのが「bar.comptoir(バー コントワール)」。岡山のマチナカは雰囲気のいいバーが多く、独自のバー文化が醸成されていることを感じます。このまちで岡山でバーを営んで16年目になるコントワールの店主、園田浩也さんを訪ねました。

園田浩也さん(Hiroya Sonoda)
1977年岡山県岡山市生まれ。高校生で野球部を辞め、アルバイトとしてバーテンダーの門を叩く。学校卒業後、ホテルのバーテンダーとして勤務、28歳でコントワールを開業。これまで『満月BAR』をはじめとする300以上のイベントに出店。現在は自主企画として『児童養護施設×バーテンダーのワークショップ』を実施している。最近は抽出の面白さに魅了され、料理のようなカクテル作りに没頭中。

育った岡山のマチナカに隠れ家を

大通りからひとつ角を曲がると、4階建ての細長いビルが見えてきます。その1階にあるコントワールの外観は、バーというよりカフェのような、気軽に立ち寄れる雰囲気があります。

ドアを開けると、シャツに黒のベストを素敵に着こなす園田さんが迎えてくれました。店内は心地よい音楽と、ほのかにアロマのような優しい香りが広がります。

掛け合わせてアイデアを考えるのが楽しい

バーはコロナ禍で営業時間の縮小など影響をおおきく受けた業態のひとつ。しかも岡山はバーの数が多いまちでありながら、外食率は全国都道府県33位※。この状況を園田さんはどう受け止めているのでしょうか。
(※)総務省統計局「家計調査」の食費・外食費より

園田さん「もちろんお客さまは減りました。私はお客さまが来ない時間はカクテルの研究をしているんですけど、それがすっごく楽しいんですよ。」

少年のような笑顔で「カクテルを作るのが楽しい」と話す姿から、バーテンダーという職への並々ならぬ愛を感じます。いま没頭しているのは「料理みたいなカクテル作り」だそう。

ほぼ毎日更新しているお店のInstagramを見てみると、素敵なカクテルだけでなく、スパイスやハーブなど、少し変わったお酒の写真もちらほらと。

ローズマリーとオリーブのジンソーダ。ローズマリーを効かせたジンマーレに、オリーブの塩漬けオイルを組み合わせたカクテル 。

なかでも特に驚きだったのは、「岡山銘菓・大手まんぢゅうを使ったカクテル」。あの、小豆の甘みが上品でおいしいお菓子をカクテルに…?美作市のお茶農家さんから取り寄せたお茶を掛け合わせると、ミルク系のカクテルに仕上がるのだとか。

園田さん「いま、日本トップレベルのバーテンダーたちは料理みたいなカクテルを作っているんです。それに感化されて、蒸留っておもしろいなって気づいて。最近はハーブ園に出かけてアイデアをもらい、味の組み合わせを研究中しています。」

まるで創作活動のような、カクテルへのあくなき探究心。園田さんがカクテルに魅了される理由は、「単体でおいしいものでも、掛け合わせたらもっとおいしくなるのが楽しいから」。バーテンダーとは、相性の良い素材のマリアージュが得意で、お客さまとの対話からその人の魅力を引き出すことに長けているのだと感じました。

夢百姓のハーブティー

磨屋町の変化をお店越しに見守る

岡山市に生まれ、マチナカで生まれ育ったという生粋の岡山っ子・園田さん。まずは、多種多様なマチナカのなかで、磨屋町にお店を構えたきっかけを伺いしました。開業した2006年当時、磨屋町にあったお店は2軒ほどだったそう。どちらかといえば空き家が多く、今ほどまちに明かりが灯っていなかったといいます。

園田さん「高校1年生で野球部を辞めて、表町にあったバーでアルバイトを始めました。その後、ホテルのバーテンダーとして勤務したのち、独立してお店を開業しました。

当時の磨屋町はお店自体が少なくて、『駅から少し離れていて、隠れ家のような場所』という僕の理想にぴったりだったので、この場所を選んだんです。」

園田さん「10年くらい前から少しずつお店が増えてきました。比較的、落ち着いてゆっくり食事をしたいひと向けのお店が多いような気がします。でも、駅近でもないし、家賃もそんなに安いわけでもないのにどうしてなんでしょうね。」

なにかが大きく変わったわけではないけれど、この15年でお店が少しずつ増え、岡山で暮らすひとにとって心地よいエリアとなった磨屋町。その変化を、園田さんはこのお店越しにずっと見守っています。

まちと関わることのおもしろさ

お店づくりで心がけているのは「やわらかさ」だという園田さん。お店の名前「コントワール」にはどんな意味がこめられているのでしょう。

園田さん「名前を決めるときに気にしたのは、濁点と小文字を入れない単語ということでした。インドの挨拶で使われる『ナマステ』みたいな感じで、やわらかい雰囲気の『コントワール』っていいなと思って名付けました。」

心地よい空間づくりへの探求心は店舗にとどまらずイベントやワークショップなどに範囲を広げ、これまで300以上のイベントを企画・出店してきたそうです。なかでも、満月の夜にマチナカの公園で開催される『満月BAR』には、初回から参加しているのだそう。

満月BAR』は、2012年に始まった西川緑道公園で、満月の最寄りの土曜日に開催される音楽と食事、お酒を屋外で楽しむイベントです。

満月BARの様子

園田さん「お店以外にまちとつながりを持つことに対して、特別な興味があったわけではありませんでした。
30歳を過ぎたあたりで公共空間を使うこと、まちと関わるおもしろさ、バーテンダーとしてのスキルを披露できる楽しさに気づきました。
それから満月BARを立ち上げた知人に誘われて、初回から今までずっと『満月BAR』に参加しています。」

屋外でお酒や料理を楽しむというイベントは当時の行政にとって大きなチャレンジでした。園田さんをはじめ、まちのプレイヤーが揃っていたことで動き出し、今では岡山のマチナカを楽しむことができるイベントのひとつになっています。

園田さん「初めて開催したときは、外で飲めるのってこんなにいいのかと、気持ちが突き抜ける感覚がありました。外のイベントなので天気にも左右されてしまうんですけどね。
晴れたら嬉しいし、雨が降ったら寂しい。それはお客さんも同じで、お店でお酒を飲むよりも特別感があると思います。」

マチナカに暮らすわたしも満月BARが行われる満月の日を把握するために月の満ち欠けが分かるアプリをダウンロードしたほど、イベントを心待ちにしていました。

満月BARは岡山に豊かさをもたらし、市民の気持ちや行動を変えたといっても過言ではないはず。

コントワールは基本、園田さん一人で営業していますが、週末は満月BARで知り合った学生さんをスカウトし、アルバイトとして働いてもらっているそう。就職で県外に出るためバイトを卒業した子たちも、岡山に帰ってきたときは満月BARを手伝ってくれたり、お店に顔を出してくれるのだとか。

園田さん「県外に出た人も気軽に帰ってこれるような、実家みたいな存在でありたいとも思っています。お店やイベントを長く続けるって、そういうことだと思います。」

満月BARのようにお店の垣根を越えた関わりは、お店の人にとっても、市民にとってもつながりが生まれる貴重な場所なのだと思います。

バーテンダーだからできることを模索する

園田さんが自ら企画し、4年目をむかえるイベントがあります。「児童養護施設×バーテンダー」と題し、職業体験のワークショップとのこと。

園田さん「数年前に、児童養護施設で開催されたイベントに呼んでもらって出店したのですが、片付けをしている時に『次はいつ来るん?』って一人の女の子に聞かれたんです。その時、一回だけで終わるのではなく、長く付き合っていくことをやりたいなと思ったんです。」

児童養護施設は、18歳になると施設を出て独り立ちすることがルール。この女の子の何気ない質問を期に「興味を持ってもらえるような職業や、おもしろい大人に出会う機会があったらいいのでは」と考えた園田さん。

そこで始めたのが子どもたちの「やりたい」や「興味」を拾いあげて、その分野で活躍する大人をつなげるワークショップ。声をかける大人は、マチナカで活動するおもしろい人たちであり、コントワールのお客さまに協力してもらっているのだそう。

園田さん「美容師になりたい子がいたら「あの美容師さんに会わせたい」というように、ネイリスト、宮大工や弁護士など、様々な業界で活躍するかっこいい大人を僕が選んで、今までいろいろな職業の人に来てもらいました。
今すぐじゃなくても、いつか人生を振り返ったときに岡山のかっこいい大人に会ったことを『なんかおもしろかったな』と思い出してもらえれば嬉しいです。」

普段からバーテンダーとしてお客さまと接し、その人となりを知ることができる園田さんだからこそ「この職業といえばあの人」と、子どもたちの興味にあてはめることができるのです。バーテンダーは、相性のいいお酒と素材でカクテルをつくるように、人と人をつなぎあわせるブレンダーのような存在なのかもしれません。

やわらかい表情でカクテルを作る園田さん。

コントワールを開業した当初「隠れ家のような存在でありたい」と思っていたように、進んで前に出るわけではないけれど、人と人をつなぎ、思いがけない出会いがあったら楽しいよね、と仕掛け続ける園田さん。

バーカウンターを超えて、活動するコントワールのようなお店が求心力となり、まちの個性がつながっていく。だんだんお店が増えてきた磨屋町は、コントワールのような「お店」と、岡山で暮らす「ひと」がつくったまちなのかもしれません。

人との関わりが感じられにくくなっているご時世。だからこそ、園田さんのような存在がいることで、思いがけない出会いによる化学反応が増え、マチナカがおもしろくなっていくのではないでしょうか。

園田さんおすすめマチナカスポット

成田家 中店
表町1丁目2−43
アットホームな雰囲気と豊富なメニューが特徴の、岡山県民に愛されるチェーン居酒屋。なかでもイチオシは表町にある中店だそう。園田さんのおすすめは「鳥酢」とのこと。

聞き手:中鶴果林(ココホレジャパン)
埼玉県出身、2021年に広島県の島に移住し、夫婦で古民家をセルフリノベーション中。専門商社の営業職、海外生活を経て、帰国後ココホレジャパンに入社。仕事や技術を譲りたい人と継ぎたい人をつなげ、まちの多様性の維持を目指す「ニホン継業バンク」の営業や、仕事の魅力を伝えるライターをしています。