第7回:愛されワインショップは、まちの境界としてひととひとをつなぐ役割を担う「平和町」
まちを愛するひとのインタビュー その7
『wineshop&stand slowcave』・渡邉隆之さん
JR岡山駅より東のマチナカをざっくり東西でエリア分けすると、後楽園や岡山城、表町を含む「旧城下町エリア」と、駅前周辺の「岡山駅周辺エリア」があります。
そして、2つのエリアを区分するように西川という岡山市北区南方地内から柳町地内までを流れる用水路があります。その用水路周辺は飲食店が約600軒以上ひしめく岡山の一大繁華街です。
ちょうどその間にあるまちが平和町。東口マチナカのおおよそ真ん中。目的地へ向かうとき通り掛かる境界のような場所だな、と私は思っています。
このまちに、岡山市民はもちろん、県外からもぞくぞくと集うワインショップ「スロウカーヴ」があります。ナチュール(自然派)ワインをメインに取り扱うお店です。
まちのおへそにぽつりとあるワインショップが、岡山市民も旅人も料理人も惹きつけてやまない理由を探りにスロウカーヴの店主、渡邉隆之さんを訪ねました。
渡邉隆之(Takayuki Watanabe)
1978年千葉県生まれ。大学と調理師専門学校を卒業後、東京のイタリア料理店で料理人・サービスマンとして働く。2011年に妻の故郷に近い岡山市に家族で移住。レストランレオーニ(絵図町)にて支配人兼ソムリエを務めたのち、2018年、ワインショップ&スタンド スロウカーヴを独立開業。『FESTIVIN』『ヴィナイオッティマーナ』などの全国的ワインイベントに参加出店しつつ、自身でも仲間と『ヴィノムオカヤマ』(2015~)を立ち上げるなど、自由なワインの楽しみかたを提案中。
みんなが訪れやすい場所にお店を出す
あなぐらのようなお店の扉を開くと、くまさんのように大きく柔和な店主が「いらっしゃい」と迎えてくれます。そして店内にはナチュールワインがずらり。
渡邉さんは、2011年7月に東京からパートナーの出身地のそばである岡山へ引っ越してきました。それから6年間、絵図町のフレンチレストラン『レオーニ』という店で支配人兼ソムリエをつとめます(レオーニも名店なのでぜひ訪れてほしい!)。東京からキャリアを重ねる飲食接客業のプロです。
そんな渡邉さんが「ワインショップ」をここで始めようと思ったのはなぜでしょう。
渡邉さん「『レオーニ』で働いている間に、同業者の仲間が増えました。ワインが必要とされている状況を感じたし、そういうものに触れられる場所や情報が共有できる場所がもっとあったらいいなと思っていました。
このまちにお店を設けたのは、飲食店をやっているみんなが来やすいことが第一。当初、ひとりでお店を切り盛りする予定だったので、配送や配達は最初から『やらない』と決めました。だからこそ、みんなが自転車や徒歩でワインを仕入れに来やすいであろう場所がいいなと思いました。」
平和町はどこからでもアクセスしやすいそんな条件を兼ね備えたまちなのです。そして気になる「ワインが必要とされている状況」とは。
渡邉さん「僕らの仲間のお店がワインを仕入れるときには、結構な割合で東京や大阪などの酒屋さんからわざわざ送ってもらっていました。それを飲んだお客さまが『これどこで買えるんですか?』と聞いたとき、ネットでしか購入できない状況がもったいなく感じました。
みんなが美味しいものを知ろうとしているのに、手に入れるまでにワンクッション増えてしまう。その時点で、多くの人がワインから離れていってしまいます。そういう状況を変えて、無理なく、ひととワインをつなげていきたかったんです。」
オンラインで買い物が済む時代に、あえてコミュニケーションを取ることがこのまちに必要だと渡邉さんは感じます。
渡邉さん「まず、ナチュールワインは個性的なので、なにも説明せず手渡すことに抵抗があります。
飲食店の方々へ卸すときは、みなさん個性豊かなので僕はあくまでも紹介するスタンスで充分です。一方で、一般のお客さまは飲食店の方ほどワインに接する機会がないでしょうから、家庭のソムリエ……は言い過ぎかもしれませんが、今日のメニューやシチェーションなどを伺ってワインをご提案します。」
インタビュー中にもお客さまが。
渡邉さんのすすめかたは、わたしのような素人に「どんな料理に合わせる?気分は? 家で飲むの?」とシチュエーションやコンディションをきいてワインをチョイス。うちの夫は「花粉症にきくやつ」など無理難題を言ったりします(笑)。そんな困ったちゃんにも「じゃあこれかな〜。スッキリしますよ」とユーモアたっぷりに応えてくれます。そのやりとりを含めて「いい」お店なのです。
ワインショップが「岡山の良さ」を伝える場に
そしてスロウカーヴは県外のひとを連れて行きたくなる場所でもあります。岡山産の「ちゃんとおいしい」ワインや、吉田牧場(吉備中央町)のチーズや名刀味噌(長船町)、コルトラーダ(新見市)の麺など、渡邉さんのおめがねに叶った「岡山のおいしいもの」がセレクトされているので、「こんな素敵な美味しいものが岡山にあるんだよ」と自慢したくなるからだと思うのです。
渡邉さん「僕自身、サービスマンの経験が長いのですが、サービスマンって、あくまで作り手とお客様の間に立つひとであり、生産しているわけではない。クリエイターではないんです。だから、自分が間に入る意味を、いつも探しています。
ぼくが間に入ることで、届くものがより理解される、より良く感じられる。その立場を全うすることではじめて、生産者さんや料理人さんというクリエイターたちと対等につきあっていけるなと思いました。」
スロウカーヴで手にすると、より美味しい気がする。それは、渡邉さんが、味だけでなく、「どこでつくられたものか」「どんな思いが込められているのか」物語を丁寧に説明して私たちに手渡してくれるから。
ちなみに渡邉さんがワインを手渡す岡山のお客さまの印象を伺うと「簡単にひとくくりにはできませんが」と前置きをした上でこう話してくださいました。
渡邉さん「岡山は流行りが定着しないまち。けれど、実(じつ)があれば通い続けるし、自分の生活のなかに取り入れてくださいます。
だからこそ、ナチュールワインをブームに乗せなくても絶対に岡山に根付いていく自負があります。その根っこには、ナチュールワインが持つ、ゆるがない魅力に対する信頼があります。そして岡山のみなさんの審美眼は厳しいものがあるなと思います」。
ちなみにスロウカーヴは大々的に「ナチュールワイン専門店」と謳っているわけではありません。渡邉さんがいいと思い、普段から皆がふつうに飲むものが「そう」であり、特別ではなく当たり前というスタンスだからです。岡山の暮らしそのものがリュクスであることも感じます。
まちにおける「酒屋」の役割とは
スロウカーヴの店舗奥にはスタンドスペースがあります。秘密基地のようでワクワク。気の利いたグラスワインやおつまみが楽しめて、肩肘はらずに「ちょい呑み」にぴったりなのです。
渡邉さん「スロウカーヴのワインスタンドはここだけでは完結しないようにしています。おつまみなどは最小限にとどめ、『次のお店』に行かないと満足しないようになっていて(笑)、そして『次』に行くことの手助けはいくらでもしたいとも思っています。
岡山のマチナカは、うちのワインを取り扱ってくれるお客さまを含め、いいお店がいっぱいあります。ぜひ、はしごして欲しくて2軒目をご紹介したり、僕が直接お店に電話して予約したりもします。岡山のマチナカでやっている展示やイベントといった飲食以外の情報も、なるべく伝えられるようにはしています。」
スロウカーヴは、岡山の「すべらない」案内所の役割も果たしているようです。
渡邉さん「昔の酒屋の役割といいますか……、酒販免許はまちの1ブロックに1軒など制限がありました。だから酒屋は何代もそのまちに根付き、地域の御用聞きだったり、まとめ役として機能していました。」
たしかに、サザエさんに出てくる「三河屋の三平さん」といえば御用聞き。 三河屋さんの本業は酒屋さんです。
渡邉さん「みんながお酒を通じて集まれたり、ハブのようにつなげたり、ひとの輪の中心にお酒があって、会話がうまれて、連帯感が備わったりと、お酒そのものにひとをつなげる力があります。そのお酒が集まっている酒屋にもそういう機能があるはずですよね。」
みんながここに、お酒を取りに来て、つながって、輪が広がって。
そんな古くて新しい酒屋の役割を、ここでスロウカーヴが担っている。そしてマチナカも、ワインのよう豊かに醸していく。
渡邉さん「うちは特殊なことを急にやっているわけではないんです。デイリーで飲みやすい価格でもちゃんとナチュールワインで美味しいものもたくさんあります。もちろん、飲みすぎには注意してもらいたいと思いますけど。
過度にワイン通ぶって、高いワイン=すごい、えらいという価値観は、うちで扱うワインの本質に合わない気がします。そこまでしなくても、岡山はわかってくれているひとが買いに来てくれる。ここはそんな幸せな環境なのかもしれません。」
岡山は、店舗経営へのコストがかからない分、都市部のように尖らなくてもいい。リアルで本質的な部分にフォーカスできる。すると、このまちで大事にされていることが見えてきて、よりここが好きになる。スロウカーヴが成り立つのは、そんな岡山のマチナカにある空気のおかげでもある、と渡邉さんはいいます。
「境界」とは、境目という意味ですが、異なるものをつなげる場所でもあります。川と陸をつなげる河原や、海と本土をつなげる砂浜など。境界は、ありのままの多様な存在が混じり合い、どちらでもなく、存在しつづけられる領域。スロウカーヴは、ワインとおみせ、岡山のよさ、まちとひと、ひととひとが混じり合う「境界」のように感じます。
スロウカーヴは、ハレの日も、ケの日も足を運びたい酒屋さんとして、いつも、まちなかの「まんなか」にいます。
渡邉さんおすすめマチナカスポット
にこみ 瞠る
駅前町2-5-27
カウンターのみ、丁寧に仕込まれた煮込み料理と日本酒が美味しいお店。渡邉さんは「とにかく店主らの人柄がいい。行くとホッとするお店」と太鼓判。たまにお目見えする塩もつ煮に出会えたらぜひオーダーを。
ナチュラルワイン食堂 okuto
中山下 1-5-33
こちらもカウンターがメインのお店。ナチュールワインの揃えはなんと500本以上。スロウカーヴから徒歩10分ほどなので、おなかがすいて立ち寄るにもおすすめ。24時をすぎてもごはんが食べられる貴重なお店でもある。
聞き手:アサイアサミ
東京都出身。大学在学中、宝島社入社。雑誌編集者を経てタワーレコードのフリーペーパー「TOWER」の編集長を5年間務める。その後フリーランスを経て、2012年岡山県へ移住し、広告会社ココホレジャパンを設立。移住情報誌TURNS副編集長などを歴任し、地方地域、環境問題、ライフスタイルなどのジャンルを得意とする編集者として岡山で楽しく暮らしています。