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なぜ岡山市が「創造都市」に !? 文学と暮らしが結びつく「文学創造都市おかやま」を紐解く

岡山市は2023年10月31日にユネスコ(国連教育科学文化機関)の「ユネスコ創造都市ネットワーク」文学分野で加盟が認定されました。

マチナカに目を向けてみると、岡山市が制定した「坪田譲治文学賞」や、毎年春先に行われる「文学フェスティバル」、貸出冊数・来館者数日本一の県立図書館を有するなど、意外にも「文学のまち」の要素が溢れていることに気づきます。

一方、イメージが浸透していない故に「本当に文学のまちなの?」とハテナが浮かんでくるひともいるかもしれません。

そんなハテナを解決すべく、マチナカノススメ公開インタビュー第5回では、岡山の出版に詳しい吉備人出版の山川隆之さんと岡山県立図書館の司書・住友加奈子さんに話を伺いました。改めて知るとさらにマチナカ暮らしが楽しくなる「文学創造都市おかやま」を紐解きます。

左)山川 隆之(Takayuki Yamakawa)
1955年岡山市生まれ。三重大学農学部卒。伊勢新聞記者、生活情報紙「リビングおかやま」編集長を経て95年に(株)吉備人を設立。『絵本のあるくらし』『のれん越しに笑顔がみえる』『愛だ!上山棚田団―限界集落なんて言わせない!』などの編集を担当。これまでに約820点を出版。日本出版学会会員。2012年度福武文化賞奨励賞、2013年度岡山市文化奨励賞を受賞。著書に『岡山人じゃが』、『聞く、書く。』『シネマ・クレール物語』(共著・吉備人出版)など。

右)住友 加奈子(Kanako Sumitomo)
岡山県立図書館 司書。
徳島県出身。広島県の書店、石川県の市立図書館に勤めたのち、2014年岡山県教育委員会に司書として採用。学校図書館勤務を経て、2019年より岡山県立図書館勤務。現在はビジネスや教育関係の資料を担当している。
マチナカノススメで取材した、日本一の来館者数を誇る「岡山県立図書館」館長のインタビュー記事はこちら


「文学のまち」の基盤がある岡山市

「創造都市ネットワーク」に文学分野で認定されたのは岡山市が国内初。私たちにとってはビッグニュースとなる出来事ですが、山川さんはユネスコ創造都市ネットワークへの文学分野での加盟にどんな印象を持ちましたか。

山川さん「まさか、でしたね(笑)。坪田譲治のような著名な作家を輩出していたり、『岡山市文学賞』があったりなどは他のまちでもあること。岡山=文学創造都市といわれても正直ピンときませんでした。

視点を変えれば、『岡山には文学のまちとなるポテンシャルがあり、これから文学創造都市になっていくんだぞ』そんな宣言のようにも受け取れました。」

本に関わる仕事をするおふたりの話が聞ける公開インタビューは参加者にとっても貴重な機会。

山川さんですら「意外」という今回のこと。ですが、「文学創造都市おかやま」の担当である岡山市文化振興課の流尾正亮さん曰く、みなさんが知らないだけで岡山市には「文学創造都市」に値する事実が揃っているのだとか。今回、ユネスコ創造都市ネットワークに認定された理由を聞いてみます。

文学創造都市の事業を担当する流尾正亮さん。大学時代は英語文学を専攻していたそう。

流尾さん「岡山市は小・中学校の学校図書館司書さんの配置率がほぼ100パーセントだったり、江戸時代に表町に蔵書3万冊の民間図書館『経誼堂(けいぎどう)』があったり、旭川沿いに夏目漱石をはじめとする文学碑があったりと、マチナカに本や文学と親しむ要素が点在しています。
何より私がすごいと思ったのは、市民ひとりあたりの書店数が政令指定都市の中で2位!1位の京都に次いで、岡山は人口に対して書店が多いまちなんです。

今回のユネスコ創造都市ネットワークへの加盟によって、水面下に眠っていた、文学の豊かさの点と点がつながり、岡山市の『文学のまち』という個性がくっきりと浮かび上がってきました。」

地元出版社が市民のシビックプライドを育む

岡山で約30年出版社を営んできた山川さんは、仕事柄、岡山を「文学創造都市」だと感じることがあるのだそう。

山川さん「岡山は地元の出版社が充実していると思います。岡山文庫の日本文教出版や、ベネッセの前身となる福武書店、山陽新聞の出版局など、戦後から現在に至るまで様々な出版社が岡山で生まれ、地域をテーマにした本をつくってきました。」

住友さん「たしかに岡山県立図書館で扱っている本も、『岡山』が出版地になっている本をたくさん見かけます。以前勤めていた他県の図書館と比べても多い印象です。」

地元出版社が充実していることは、岡山の歴史や魅力を掘り起こす本が多く生まれ、地域情報が市民に届きやすくなっているといえます。また、地域性の高い文学が生まれやすくなり、市民のシビックプライドを育む材料にもなっています。

会場には、岡山の出身作家、歴史、文学をテーマにした本も。

マチナカが文学と触れ合う場に

本に関するイベントがマチナカで開催されており、市民が文学に触れやすいことも「文学創造都市おかやま」の特徴だといいます。

山川さん「岡山市では『おかやま文学フェスティバル』が2023年にスタートしました。全国の出版社や書店が旧内山下小学校に集まる『おかやま文芸小学校』や、表町商店街での一箱古本市『表町ブックストリート』など、複数のイベントを開催し、市民が本と出合う場をつくっています。」

本好きのための一大イベントが、岡山のマチナカが会場であることもうれしいポイント。まちににぎわいを生み、「友達に誘われたから」「楽しそうだから覗いてみよう」と、いつもは本を読まないひとに気軽に文学と触れ合う機会を提供しています。

2024年3月に行われた表町ブックストリート。楽しすぎて前に進めませんでした(笑)

そして岡山のマチナカには、本以外でも文学を楽しむ方法が溢れています。おふたりから、暮らしの中で文学を感じたり「これは文学だな」と感じるものを伺います。

山川さん「ちょうどこの前、『岡山芸術創造劇場ハレノワ』で演劇を鑑賞しました。演劇、映画、舞台芸術など、いろんなジャンルを交えた総合的な文化も「文学」といえるのではないでしょうか。だから、文学創造都市としての文学も本だけに限らず広い範囲で捉えてほしいと考えています。」

住友さん「私は文学フェスティバルの中で開催される『おかやまZINEスタジアム』で、市民が本をつくる側として文学を楽しんでいるのが素敵だと感じます。

岡山市と同じく文学創造都市に認定されているアイスランドの首都・レイキャビクでは、一般の方が本を出版することも珍しくありません。同じように、岡山は市民がZINEをつくる体験ができて、文学に対していろいろな関わり方ができるまちだと思います。」

ZINE(ジン)とは、イラストやファッション、写真、文章など自分の好きなものをテーマに、個人やグループで制作する冊子のこと。自分がつくったものを誰かに見てもらえる場があるからこそ、市民のクリエイティブ力が養われています。

市民が文学を創造するまち、まさに「文学創造都市」かもしれません。

2024年2月に旧内山下小学校で開催された「おかやまZINEスタジアム」の会場には、市民が自主制作した個性豊かなZINEがずらり。
ZINEづくりが体験できるワークショップや読み聞かせ、トークショーなど大人も子どもも楽しめるコンテンツが盛りだくさん。

図書館は市民にとって<当たり前の場所>

市民が気軽に本に触れ合える場所といえば図書館ですが、岡山県立図書館は貸出冊数が日本一(2022年度)。JR岡山駅から徒歩20分とアクセス抜群の場所にあり、日常的に利用するひとも多いのだとか。

住友さん「県立図書館を訪れる方は訪れる目的も様々です。本が好きで借りに来てくれる方や、図書館という空間自体が好きで毎日のようにいらっしゃる方など、図書館が市民のみなさんに<当たり前の場所>として使われていてうれしいです。

山川さん「私も岡山県立図書館のヘビーユーザーで、週に何度も通っています。図書館に資料があるかないかでは仕事のはかどり方が全然違う、それくらい蔵書が充実しているんです。資料を介して質問に回答してくれるレファレンスサービスや豊富な資料があり、困りごとがあったときに図書館へ行けば大抵解決できます。」

住友さん「書店ではもう買えなくなった本や専門書も揃っているので、山川さんのような専門職の方や論文を書く方には重宝してもらっています。

また、幅広い読書を楽しめる場としても図書館はおすすめです。気に入るかわからないような本でも興味があったら借りてみる。自分の部屋の中にずっと置きたいと思ったら書店で買う。それくらい気軽に図書館で本を借りてもらえたら。」

市民の居場所である岡山県立図書館は、困ったときに頼れる心強い味方。

山川さん「それ、すごくいいと思います。本屋だと自分好みのコーナーにしか行かないので出合う本が偏ってしまうんですよね。図書館の新刊コーナーは自分の興味がない本も置いてあるので、その中から1冊でも手に取りたい本に出会えたらラッキーですよね。」

住友さん「県立図書館は貸出冊数が日本一と取り上げていただくことが多いのですが、岡山市には全ての学校図書館に学校司書が配置されていたり、県内の市町村にたくさんの魅力的な図書館があったりと、様々なひとの協力のおかげで、本や読書を市民が身近に感じられる環境が整っていると感じます。」

真面目に読まない、文学を楽しむコツ

スマホで動画を見るのが当たり前になった今、子どもだけでなく大人の間でも本離れが懸念されています。本のプロであるおふたりに本を楽しむアドバイスを聞いてみました。

住友さん「本を読むことは、趣味としての読書だけではないと思っています。生きていく中で困ったことや何かにチャレンジしたいときには、本が役立つことを覚えておいてほしいです。

図書館では利用者の要望にあわせて本を選書したり、調べもののお手伝いをするサービスもあるので、新しいことを始めたくなったときはぜひ図書館に足を運んでみてください。」

山川さん「私は本を真面目に読まなくていいと思うんですよ。永江朗さんの著書『不良のための読書術』に、途中で面白くなくなったら最後まで読まなくても良いと書いてあって、そこから気楽に読書を楽しむようになりました。」

住友さん「わかります。自分とあわない本を読み続けるとだんだん読書自体が嫌になっちゃいますよね。世の中には一生をかけても読み切れない面白い本があるんだから、好みと違ったらどんどん次の本を読み始めてもいいのかな、と。」

岡山県立図書館のバックヤードには126万冊がずらり。県民の知性を支えています。

これからどうなる?文学創造都市おかやま

文学創造都市に認定されたことで、さらなる盛り上がりをみせそうな予感の岡山市。おふたりはこれからの「文学創造都市おかやま」にどんなことを期待し、どんなふうに関わっていきたいですか。

山川さん「私は、ものを創造する活動が少しずつ衰退していく社会の中で、人間の心を育む大切な文化活動を守っていこうとする『創造都市ネットワーク』の理念にとても共感しました。

だから、自分たちが暮らすまちも、ものを創造する活動が盛んであってほしいと思います。たとえば表町の空き店舗に、編集事務所や出版社、デザイン事務所、印刷会社、古書店、ブックカフェなど、本をつくることから読むことまでがひとつのエリアでできたら、すごく楽しそうじゃないですか?

まちのどこかにそんな文学創造エリアができて、年に一度開催される『文学フェスティバル』に県外や世界中から何万人もの人が集まる。そんなまちになったら、岡山が『文学創造都市』だと誇りをもっていえる気がします。」

「文学創造都市おかやま推進会議」のメンバーでもある山川さん。未来の文学創造都市について語ってもらいました。

住友さん「私は、本を通じて市民の暮らしを豊かにするお手伝いができたらなと考えています。県立図書館では、ビジネスや、子育てなど、様々な面でみなさんの生活をサポートできるよう、専門家と連携したイベントを開催しています。

個人では購入が難しいような本も置いていますし、専門的なデータベースを使うこともできます。専門機関にいくまでではないけど、ネットの情報だとよくわからない。そんなときこそ、気軽に図書館を利用してみてください。」

「新しいことを始めたいときは図書館へ」という住友さん。いつもは岡山県立図書館のカウンターで優しく利用者を迎えています。

こうして紐解いてみると、私たちが暮らすまちには文学のまちといえるコトが溢れ、文学を愛するひとたちの思いが紡がれてきたのだと感じました。

まだ文学創造都市の歩みははじまったばかり。市民ひとりひとりの文化活動によって先人たちの思いを紡ぐことが「文学創造都市おかやま」への道を切り開いていくのだと思います。

当日の様子

今回も、ココホレジャパン・アサイアサミによる軽快なインタビューであっという間に時間が過ぎていきました。
トークイベント中に住友さんに選書してもらった「読むと岡山で暮らしたくなる本」。
詳しくは岡山市の暮らしを研究するインスタマガジン「ハレ研」で紹介しています。

ハレ研  【岡山市に暮らしたくなる本】県立図書館の司書さんが選んだ2冊

交流会では、岡山大学構内にある人気カフェ「Jテラスカフェ」のフードをいただきながら参加者と登壇者で文学談義に花を咲かせました。

Interview:アサイアサミ(ココホレジャパン)
Text:岩井美穂(ココホレジャパン)
Photo:和久正義(OpenA)、ココホレジャパン

聞き手:岩井美穂
ライター・編集者。1994年生まれ、福岡県出身。父が転勤族だったことから幼少期は九州内を転々とし、新卒で上京。その後、名古屋や、北海道で働く。制作会社・まちづくり会社を経て、2023年7月に岡山市へ移住し、ココホレジャパンに入社。まちの文脈から生みだされるローカルな暮らしやご当地なモノ・コトが好きで、編集・ライター業を中心に地域の魅力を発信しています。