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自分の「好き」を仕事にできるマチナカ。スコーンと紅茶のお店・森のみちくさ誕生秘話【出石町】

2023年3月、岡山のマチナカに、スコーンと紅茶のお店がオープンしました。お店の名前は「森のみちくさ」。出石町の一角、住宅を改装した店舗で、店主ひとりで営んでいます。

実は、3年前から「みちくさスコーン」という屋号で、店舗を持たずにイベントやマルシェに出店していて、クチコミで次第に評判が広がり、いまでは予約をしないと買えないほど人気のお店に。そんなみちくさスコーンのファン待望のマチナカ出店を喜んでいるファンは多いはず。

出石町は、城下町として発展し、岡山城や後楽園の観光ルートとして親しまれるエリア。岡山城を背に旭川沿いを10分ほど歩いた開放感溢れる場所にお店があります。

店主は岡山市に移住して12年目の森郁恵さん。小学生のお子さんがいるお母さんでもあります。これまでお店を経営したことがなかった森さんが、マチナカでスコーン店をはじめた思いや、イベントやマルシェ出店を経てマチナカに実店舗を構えた理由を教えていただきました。

まちを愛するひとのインタビュー2022 その16
森のみちくさ 森郁恵さん

森 郁恵(Mori Ikue)
1981年、福島県生まれ。2011年の東日本大震災を機に、当時住んでいた福島県を離れて岡山県に移住。家族でスコーンを食べた経験が忘れられず、2020年2月に無店舗型のスコーン店を開業。Instagramを通じてイベントやマルシェで出店を重ね、2023年3月に店舗「森のみちくさ」を開店。

家族との思い出が詰まったイギリス風スコーン

スコーンは、イングリッシュスコーン、アメリカンスコーンと大きく2種類にわかれるそうですが、森さんがつくるのはイギリス風。比較的食感が重めのアメリカ風と異なり、イギリス風は外はさっくり、中はふんわりホロッと軽い食感が特徴です。イギリスでは、お茶の時間にスコーンとクロテッドクリーム、ジャム、紅茶のセット「クリームティ」を楽しむのが一般的で、スコーンを横半分に割って、クロテッドクリームとジャムをたっぷりつけて食べるのだそう。

森さんが「スコーン」とはじめて出会ったのは、幼少期によく訪れていた栃木県の那須にあるカフェでした。

森さん「福島県の自宅から車で15分ほどの場所に「SHOZO CAFE」というカフェがあって、家族とよく食べに行っていたんです。スコーンを割って、クリームやジャムをつけて食べるという一連の作法が楽しくて、みんなでスコーンを食べながら会話を楽しめるような場所をつくりたいと思ってました。」

幼少期の思い出が、いつしか自分の夢に。スコーン専門店をつくって、スコーンのある楽しい時間を提供したい。東日本大震災後、福島県から岡山に移住してしばらく経った頃に、長年の思いを叶えるべく、マチナカから車で20分ほどのところにある自宅の一室をスコーン工房に改装することからはじめたそうです。

森さん「夫にどうしてもやりたいとお願いして、自宅に工房をつくりました。試作を続けて、イベントに出店しはじめて少しずつスコーン店の形になってきた頃から、応援してくれるようになりました。」

スコーンふたつとクロテッドクリーム、ジャム、紅茶(ミルクティー)のセットが「クリームティ」で1500円。トッピングを選べるセット「スコーンセット」(クロテッドクリーム無し)が1300円。

偶然の出会いで実現したイベント初出店

スコーンを試作しながらInstagramで発信をはじめると、森さんと同じように岡山市内でお菓子をつくっている方とつながり、イベント出店に誘ってもらったそうです。

森さん「その方が岡山神社で毎月1日朝にモーニングが楽しめるイベント『岡山神社月始祭(以下、月始祭)』に出店していて、喫茶を出店をしている方にスコーンも一緒に出店できるように紹介したいです!と声をかけてもらい、2020年2月に人生で初めてイベント出店することになりました。」

月始祭での出店を皮切りに、岡山市近郊で開催されるイベントや、石山公園の入口付近にあるレンタル店舗「パブリックカウンター」での定期的な出店など、少しずつ活動の幅を広げていきます。

森さん「もともと、スコーンと紅茶がセットのクリームティを提供したかったので、店舗を構えたかったのですが、コロナ禍ということもあり、まずは様子見で、店舗を持たずにスコーンの販売をはじめました。」

初めてスコーンを買ってもらったお客さまのことを「嬉しかったです。名前はわからないけど、その方のことはずっと覚えています。」と振り返る森さん。

初出店では、森さんのスコーン店開業の夢を叶える手助けをしてくれた方との出会いもあったそうです。

森さん「月始祭に誘ってくれた方が、『純喫茶松野』を主宰する松野さんを紹介してくれたんです。松野さんはコーヒーを淹れるのが本業だと思っていましたが、実は不動産会社勤務ということを知ってびっくりしました。」

松野さんは、イベントなどではハンドドリップコーヒーを淹れている出店者であり、ふだんは地元の不動産会社で不動産仲介をするという二足のわらじで活動しています。

森さん「​​今から1年半くらい前の2021年末頃から物件探しを始めたのですが、松野さんには親身に相談に乗ってくださいました。」

そんななか森さんは、2022年10月に出石町で開催された「岡山神社蚤の市」に出店したとき、旭川の川辺の魅力に気付きます。

岡山神社蚤の市出店時の様子。開放感溢れる場所で出店し、多くのお客さまが訪れました。(画像提供:森さん)

森さん「この日は、イベント準備の仕込みで一睡もせず、へとへとだったんですが、この場所にいたらすごく元気になって楽しくて。ここは私のパワースポットなんじゃないか?と思って、イベント直後に松野さんに『このエリアでお店を開きたいです!』と伝えて、出石町周辺で物件を探していただきました。」

イベント出店からわずか1ヶ月後には物件も見つかり、内見と契約を終え、翌年3月にはお店をオープン。2020年2月の初リアル出店から約3年後にはリアル店舗を構えるに至ったのは、森さんが「やってみたい」ことをまわりの人に発信し続けたからかもしれません。

「好き」な仕事だから、無理せず続けていきたい

「森のみちくさ」があるのは、旭川沿いにある小さな一軒家の1階部分。客席はふたり掛けのテーブルがふたつ、最大4名までと、こじんまりとしています。

大家さんのリクエストもあり間取りには手を加えず、壁や床、水回りなど最低限の改装にとどめて、以前からここにある建物を味わえるシンプルな内装に。

森さん「本来ならお店を経営する上では回転率を考えるべきなんでしょうけど、私は回転しなくてもいいかなと思っていて(笑)。予約してお店に食べにきて下さる方は、時間を気にせずのんびりしてほしいです。でも、旭川で食べるのもとても気持ちいいので、テイクアウトして外で食べることもおすすめしています。

私自身がスコーンを好きになったように、自分へのご褒美や、好きな人と一緒にいる時間にスコーンを食べてもらえたら嬉しいなと思っています。」

ふとした日常に、スコーンのある時間を味わってほしい。お客さまにもゆっくり時間を過ごしていただき、森さん自身も丁寧な接客ができるようにと、予約制にしています。

店内から窓越しに外の景色を眺めていると、散歩をするおばあちゃんがいたり、学生が通ったり、暮らしの一部にお店が溶け込んでいることがわかります。

森さん「Instagramで知って来てくれる方だけではなく、ご近所さんが通りすがりに『なんのお店なの?』『また来るわね〜』と声をかけてくれて、そんな日常会話も楽しんでいます。このエリアにお住まいの方は、みなさんいい方ばかりですね。」

通りすがりに話しかけてくれるお客さまとの会話を楽しむ森さん。

「店舗を持った今が一番満足しています。」と笑顔で言い切る森さん。これからも店舗を拡大することはせずに、今のような営業を続けていきたいと考えているのだそう。

森さん「イベント出店も楽しかったんですが、スコーンを大量に準備しないといけないので、スコーンづくりが作業になっている自分に気づいて。そんな状態だとイベントでもお客さまとちゃんとお話もできないし、イベント後の数日は動けなかったりと、体力的にしんどかったんです。だから、健康に無理なく続けられるいまのやりかたを、これからも続けていくつもりです。」

お金を稼ぐための手段としてではなく、自分がどうありたいかを最優先に仕事をする。自分のお店を持つことは、まちや人とつながり、自己表現ができる有効な手段なのだと感じます。

回り道をしたからこそ出会えたひとと場所

当初は、岡山市郊外の自宅付近で物件を探していたそうですが、車必須の郊外で店舗を構える場合は駐車場も確保しなければいけず、なかなか理想の物件に出会えなかったのだそう。

森さん「マチナカより家賃は安くても、駐車場代を合わせると高くなってしまうこともあって、なかなか納得できる物件に出会えずにいました。そんなときに蚤の市でちょうど旭川の目の前に出店して、駐車場が必要ないマチナカへの出店を決めました。」

岡山に限らず、地方都市では車が必須。車は自分のタイミングで行きたい場所に行けますが、目的地と自宅の行き来になってしまい、予期せぬ発見や出会いは少ない気がします。森さんのように、通りかかった人と生まれる自然な会話は、駐車場が必要ないお店だからこそできることかもしれません。

岡山城や岡山後楽園からも歩ける距離なので、ご近所さんだけでなく観光客との出会いも生まれそう。

そして森さんが駐車場の必要ないマチナカの物件と出会えたのは、ご縁があったから、というだけではなさそうです。

森さん「昔から『みちくさ』って言葉が好きで、Instagramのアカウント名を決めたときからずっと使っているんです。

私自身、店舗を持たないイベント出店からはじめて、物件探しをして、いろいろ遠回りをしたからこそ、こうしてお店を持つことができました。『みちくさ』したことで見えてくる景色があったので、回り道をすることは無駄じゃないと感じています。」

「みちくさをする」という言葉を辞書で引くと、「目的の所へ行き着く途中で、他の物事にかかわって時間を費やすこと」とあります。時間を費やすことは無駄と思うかもしれないけど、それが自分の好きなことであれば、あえて時間をかけたからこそ出会えることもある。月始祭での初出店から森さんが歩んできた約3年間が、そのことを教えてくれる気がします。

店舗開業を機に「みちくさスコーン」から「森のみちくさ」に名前を変えたのは、夫と娘からの意見なのだそう。苗字でもある「森」をつけるのは恥ずかしかったと笑って振り返ります。

かつて主婦だった森さんは、今は働いていないけど趣味や特技を秘めているような人たちにも、もっとチャレンジしてみてほしいと話します。

森さん「まわりには、アクセサリー作りや手芸が得意な方や、PTA活動でバリバリ仕事をこなす方がいます。そんなふうに特技を秘めている方がいれば、やってみたらいいのになと思っています。私が松野さんに背中を押していただいたように、挑戦したいと思っている方の力になれたらなと思っています。

岡山のマチナカには、好きなことや特技を仕事にできる環境があると思うので、まずは誰かに話してみるとチャンスが生まれる気がします。」

森さんが自分の好きな「スコーン」で店舗を持つ夢を叶えることができたのは、好きなことを追求して、マチナカで活動する人たちとゆるやかにつながり、月始祭やパブリックカウンターなど、挑戦できる機会と場所があったから。

なにかを始めたいとぼんやり考えている人も、壁にぶつかってひとりで悩んでいる人も、マチナカに一歩繰りだしてみてはいかがでしょうか。普段は行かない場所でみちくさをしてみると、森さんが一目惚れした旭川のような場所を見つけたり、新しい人脈が生まれたり、自分の「好き」を仕事にできる機会に出会えるかもしれません。

森さんおすすめスポット

鶴見橋付近の旭川のほとり
北区出石町
初めてのイベント出店時に、あまりの気持ちよさにこの場所でお店をやりたい、と思った場所。スコーンをテイクアウトして、川辺でピクニックをするのもおすすめです。

聞き手:中鶴果林
埼玉県出身、2021年に広島県の島に移住し、夫婦で古民家をセルフリノベーション中。専門商社の営業職、海外生活を経て、帰国後ココホレジャパンに入社。仕事や技術を譲りたい人と継ぎたい人をつなげ、まちの多様性の維持を目指す「ニホン継業バンク」の営業や、仕事の魅力を伝えるライターをしています。