商店街に必要なのは自ら稼ぐ仕組み。地域密着型の新電力サービスを始めた文具屋店主の挑戦「表町商店街」
「あなたの生まれ育ったまちについて、教えてください」と質問されたら、どんな光景を思い出しますか?
「この魚が新鮮だよ!」と大声で叫ぶおじさんがいた、魚屋さん。
オマケをしてくれる優しいおばあちゃんがいた、駄菓子屋さん。
私は、商店街の何気ないお店での出来事を思い出します。
近年、商店街の衰退が進み、日本中で「シャッター通り」が増えています。中小企業庁が全国の商店街に対して実施した「平成30年度商店街実態調査」によれば、「衰退している」という回答が約7割だったそうです。特に衰退が進んでいるのは、人口減少と高齢化が顕著な地方都市です。
岡山のマチナカにある表町商店街も「以前のようなにぎわいはなくなった」という声を聞くことがあります。
そんな表町商店街を盛り上げようと活動するのは、創業190年の文房具・事務用品店の「ソバラ屋」店主の矢部久智さん。2019年にまちづくり会社を設立した矢部さんは、「表町でんき」の事業を通して「商店街のみんなで、みんなのまちを元気に」することを目指しています。
矢部さんに商店街で新電力サービスを始めたきっかけや、表町商店街の目指す未来についてお話を伺いました。
まちを愛するひとのインタビュー2022その5
『有限会社ソバラ屋』矢部久智さん
商店街運営に必要なのは、稼げる仕組み
表町商店街のはじまりは、岡山城の天守閣が完成した約400年前、商人や職人を城下町に住まわせたこと。1912年に路面電車が開通してから、商店街がにぎわうようになります。現在、表町商店街は南北に渡って8つの商店街から構成され、エリアごとに個性豊かな商店街となっています。
表町商店街の南に位置する紙屋町商店街にあるソバラ屋は、1832年創業の老舗店主の矢部さんは、おだやかな語り口で自身の生い立ちについてこう話します。
矢部さん「生まれ育ちは表町から車で20分弱の場所にある新岡山港のそばです。僕が小さかったころは、まちに行くぞ!といえば表町でした。
当時ソバラ屋は叔父と叔母が経営していましたが、父も手伝っていたのでよく遊びに行きました。」
文房具好きの矢部さんにとって所狭しと並ぶ文房具を眺めることができるソバラ屋は、夢のような場所だったといいます。
矢部さん「叔父と叔母には子どもがいなかったので、大学を卒業するときに「俺、やるわ」と言ったんです。
すぐには継がせてもらえず、経営の勉強をしてこいと千葉に修行へ行きました。」
2年半の修行を終えて岡山に帰ってきた矢部さんは、ソバラ屋での仕事だけではなく、商店街の青年部に所属して商店街活動を始め、少しずつ商店街との関わりを持つようになります。
しかし、バブル崩壊後の2000年頃には、商店街に空き店舗が目立つようになりました。
青年部の活動を通して商店街のことを深く知ることはできても、商店街の衰退という課題に対してなかなか解決策が見出せずにいたといいます。
商店街の維持管理やイベント開催は、各店舗からの商店会費で運営しますが、各店舗、景気が悪くなり、売上が下がると会費の捻出も難しくなります。また、空き店舗が増えると会費そのものの母数が減っていきます。さらに、新たな課題を解決するためにも資金が必要となります。
矢部さん「全国の商店街の事例を見たり、まちづくり会社のひととお話するなかで、商店街自体が稼ぎ、自走しないといけないと思うようになりました。行政の補助金を活用したものの、補助金がなくなると継続できなくなる事例も見てきたので。」
そんななか、「商店街のために稼いで、商店街の課題を解決しよう」という思いを持った仲間と出会い、1年かけて事業の柱を議論して立ち上げたのが、「表町エリアマネジメント株式会社」というまちづくり会社です。事業の柱として取り組むことにしたのが、新電力サービス「表町でんき」でした。
矢部さん「表町商店街のお店に表町でんきを使ってもらうことで、必要経費を除いた利益を商店街に還元する仕組みです。商店街の店舗でどうせ電気を使うなら、商店街のためになる電気を使いませんかとご提案しています。」
商店会費で維持しているアーケードの電気も、いずれは切り替えていきたいと話す矢部さん。一括契約によって電気代を抑えることで、商店会費を補充することができ、利益が商店街に還元されていく。商店街のみんなで商店街を元気にするという未来を描いています。
また、電力事業の収益で表町の空きビルを買い上げてテナントを募集したところ、3軒が出店する段取りがついているのだそう。「今後は不動産事業にも取り組み、空き店舗を活用した商店街の活性化に取り組みたい」と話します。
小さな積み重ねでまちを変えていきたい
矢部さんが商店街の活性化に注力したきっかけは、「一朝一夕にはまちを変えることはできない」と気づいたことでした。
矢部さん「空き店舗が増えている理由を解きほぐしてみると、後継ぎがいなかったり、売上が立たずに家賃が払えないからだったりと、それぞれ理由が違うことが見えてきました。
後継ぎがいても岡山を離れて企業勤めをしている場合は、衰退する商店街に戻ってこようとは思いづらいですよね。昔を取り戻すのではなく、今の時代に必要とされる商店街にならなければいけないと感じています。」
空き店舗を減らすためには、商店街に新しい風を吹き込む新しいテナントに入ってもらうことが必要。そんな思いで企画した「表町貸店舗見学ツアー」には、約20人の参加者が集まりました。2023年9月に「岡山芸術創造劇場」が開館することを見越してか、若い出店者からの問い合わせも多いのだとか。また、2021年だけでも20以上の新規出店があったのだそうです。
矢部さん「人口減少のなかで新しい出店が増えるのは、商店街にとって明るい兆しです。チャレンジしやすい環境をつくれば、表町で何かやってみようという人が増えて、自然と商店街の個性が作られていくと思うんです。
でも、400以上の店舗がある商店街で、空き店舗が100店舗以上あるなか、20店舗増えただけでは、空き店舗が減ったとはならないんです。もどかしいですが、ひとつずつ積み上げていくしかないですね。」
矢部さんが注力しているのは、空き店舗の解決に向けた取り組みだけではありません。表町商店街のお店の人が講師となり、プロならではのコツや使い方を学ぶことができる講座「まちゼミ表町」を企画しています。
毎回、60前後のお店が参加し、2022年で9年目を迎えるまちゼミの目的は、お店とまちのファンづくり。たとえばソバラ屋では「日常使いのボールペンから、触れる機会の少ない万年筆まで、なんでも試し書きができる」「金封の選び方を教えてもらえる」というように、お店のPRをしながら新しいお客さまの獲得につながる場です。
矢部さん「昔は「商売人のまちだ」といっていたけれど、今の時代はお客さまがいないと成り立ちません。
まちゼミを通してお店の周知だけではなく、店主のことも知ってもらい、「あの人から買いたい」と思ってもらう必要があると思います。」
また、矢部さんが講師を務めて4年目になる岡山理科大学では、学生に商店街を歩いてもらい、課題や解決策を1年間かけて学んでもらう授業をしているのだそう。座学ではなく、自分で見て歩くことで課題を発見する。長いあいだ商店街活動に携わってきた矢部さんならではのユニークな授業内容です。
子どもたちが愛着を持てる商店街に
商店街が何十年後もここにあり続けるため、市民や学生を巻き込みながら活動する矢部さんですが、なによりも大切なのは子どもたちに愛着を持ってもらうことだといいます。
矢部さん「ぼくの子どもが高校生くらいのとき頃、駅前やイオンモール岡山へ行くことを「”まち”に出かけてくる」と言ったんです。
僕は「いやいや、表町が”まち”だろう」とびっくりしたんですけど、彼らにとって表町商店街は遊ぶ場所ではないんですね。彼らが家庭を持ち親になったときに、商店街に行くという選択肢がなくなってしまうのはまずいと思いました。」
子どもたちが大人になったときに、商店街に行こうと思えるためには、子どもの頃にマチナカで遊んだり、体験したりすることが大事。商店街で遊んだ経験があれば、岡山を離れても戻ってきてくれるかもしれないし、ほかの地域に住んでも商店街に行くきっかけになるかもしれない。
矢部さん「商店街の空き店舗を減らして新店舗ができればお客さんは増えるけれど、それだけではまちに愛着を持つことにはならないと思っています。
そのためには、買い物をするだけではなく、学んで体験できる商店街にしていきたいと思っています。」
表町商店街の繁栄も衰退も見てきた矢部さん。20年以上にわたる商店街活動で見えてきたのは、自分ひとりだけでは何もできないということだったそうです。
矢部さん「岡山のマチナカを好きになって活動する人や、応援してくれる人、関わってくれる人をどんどん増やしていきたいです。
ぼくは昔から表町商店街に関わっているからこそ、チャレンジをしたい人と商店街をつなげる存在でありたいと思っています。」
「表町でんき」は、電力事業を広めることが目的ではなく、あくまで商店街を盛り上げるための手段。商店街が主体となって稼ぐ仕組みは、環境が変わりゆく時代に求められていくのだと感じました。
矢部さんのようにまちを盛り上げようと活動する人や、商店街を舞台に新しくお店を始める人がいたりと、表町商店街は少しずつ変わり始めています。
今年のNHK朝の連続テレビドラマ小説「カムカムエブリバディ」のモデルにもなった表町商店街は、岡山にとって買い物をする場所という役割だけでなく、岡山の文化を担う存在でもあります。
10年後や20年後、さらには50年後に、表町商店街が「岡山の故郷」であり続けるためには、私たちがマチナカに繰り出すことも、ひとつの貢献になるかもしれません。
矢部さんおすすめスポット
聞き手:中鶴果林
埼玉県出身、2021年に広島県の島に移住し、夫婦で古民家をセルフリノベーション中。専門商社の営業職、海外生活を経て、帰国後ココホレジャパンに入社。仕事や技術を譲りたい人と継ぎたい人をつなげ、まちの多様性の維持を目指す「ニホン継業バンク」の営業や、仕事の魅力を伝えるライターをしています。