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岡山市の行政マンが挑戦する、車中心の道づくりから市民中心のウォーカブルなまちづくり「県庁通り周辺」

近年、自動車の保有台数は減少傾向にあり、「若者のクルマ離れ」という言葉を聞くこともあります。

都心部に住んでいるひとは、車を持たなくても生活には困らないかもしれません。一方、車がないと生活ができない地域も多くあります。

岡山県の1世帯あたりの台数は全国で21位と、車が必要な地域だといえます。政令指定都市で約72万人が暮らす岡山市には、中心部こそ路面電車やバスが整備されているものの、郊外から車で移動する人が多いことからマチナカには駐車場が増えつつあります。

そんな岡山市では「車中心から人優先の、歩いて楽しいまち」を目指して、ウォーカブル事業を推進しています。2020年に着工した、岡山駅周辺エリアから旧城下町エリアまでを東西に結ぶ県庁通りの再整備を終え、次は下石井公園の芝生化に取り組んでいます。歩きたくなるマチナカをつくり、にぎわいを創出することを目指しているのだそう。

県庁通りや下石井公園の再整備を担当する岡山市役所「庭園都市推進課街なかにぎわい推進室」で働く舌崎博勝さんに、岡山市がウォーカブル事業を推進する理由や、実現したいマチナカの姿についてお話を伺いました。

まちを愛するひとのインタビュー2022その9
『岡山市役所』舌崎博勝さん

舌崎博勝(Hironori Shitazaki)
1989年山口県生まれ、大学進学で岡山へ。大学では環境デザイン工学科に所属し都市計画を専攻。2012年より岡山市役所に勤務。土木系の部署で道路の維持管理に携わったのち、6年前に庭園都市推進課に異動し、ウォーカブルなまちづくりを推進する事業を担当。プライベートでは、岡山で大人気の屋外イベント「満月BAR」のスタッフとして関わった経験もあり、公私ともにまちづくりのプレイヤーでもある。

一市民からまちづくりのプレイヤーに

大学進学をきっかけに地元の山口を離れて岡山にやってきた舌崎さんは、岡山市役所に勤務して11年目。大学では土木環境デザインを学び、都市計画の研究室に所属。まちづくりに興味を持ったきっかけを伺いました。

舌崎さん「環境デザインという名前に惹かれて学科を選びました。大学3年生のときに、市役所の方と一緒に岡山市の未来を考えるワークショップに参加したのですが、市職員のみなさんがすごくおもしろくて。それで、岡山市の職員になろうと決めました。」

舌崎さんが参加したワークショップは、2011年当時に岡山市が主催した「若者わいわいミーティング」。市職員や民間企業で働くひと、大学生が意見交換をしながら、岡山市のまちづくりを考える場でした。

大学卒業後に市職員となった舌崎さんは、区役所に配属され、年間約40ヶ所の道路工事に関わります。入庁1年目の頃に西川緑道公園で満月の日に開催されていたイベント「満月BAR」の代表者と偶然知り合い、初回開催からキャストとして関わるようになります。

舌崎さん「満月BARに関わっているひとたちは、まちづくりのために活動しているのではなく「みんなで楽しめること」をモチベーションに活動していて、すごくかっこよかったです。

大学生の頃に「岡山はつまらないから東京に行く」と話していた友人たちに「岡山っておもしろいまちなんだよ」と伝えたくなりました。」

満月BARは瞬く間に注目を集め、ピーク時には人混みで歩くのが精一杯だったほど。満月BARの影響を受けてか、マチナカのあちこちで毎週のようにイベントが開催されるようになりました。

満月BARでは、屋外で食事や音楽、お酒を気持ち良く楽しめる。

舌崎さん「ある日、居酒屋に飲みに行ったときに隣のテーブルで「今度の満月BAR行く?」と話しているのが聞こえてきたときは、すごく嬉しかったです。

今まで西川緑道公園でお酒を飲めるようなイベントはなかったので、市民の方にも楽しんでもらえたのだと思います。岡山市にとっても大きなチャレンジだったと思います。振り返ると、2012年から2015年あたりは、マチナカ活用の過渡期でしたね。」

仕事では道路工事などハード面のまちづくりに関わりながら、満月BARのスタッフとしてソフト面の実践経験を積み、岡山というまちを活用することのおもしろさに気づきはじめた舌崎さん。

2016年には庭園推進課へ異動し、まちづくり全般に関わることになりました。

県庁通りは、にぎわいの中心でありたい

舌崎さんが属する庭園推進課街なかにぎわい推進室のミッションは、「公園の利活用による街なかのまちづくり、賑わいづくり」と「中心市街地回遊性向上のための事業の実施」だそうですが、よりわかりやすく教えてもらいました。

舌崎さん「岡山の中心市街地を、車に頼らず歩きたくなる「ウォーカブルシティ」にすることを目指しています。歩くことで、車では通り過ぎてしまう場所にも立ち寄ることができるので、マチナカのにぎわい創出につながります。ウォーカブル事業の第1号として着手したのが、県庁通りの再整備でした。」

「岡山駅周辺エリア」と「旧城下町エリア」をつなぐ県庁通りは、イオンモール岡山と表町商店街、岡山天満屋本店をつなぐにぎわいの核として重要な道路でありながら、ほどよい15メートルという道幅や、一方通行車線であることが特徴です。ひと中心の魅力を引き出すポテンシャルを見込んで、2015年には「県庁通り歩いて楽しい道路空間創出事業」が始まりました。

整備された県庁通りの様子。正面には操山ものぞむことができる。

舌崎さん「実は、県庁通りを人優先の空間にする計画は1998年頃から始まっていたそうで、車線を減らしてバスやタクシーしか通れないという社会実験をしていたんです。しばらく止まっていたのですが、2015年にもう一度社会実験をして動き始めました。」

市民を巻き込んだまちづくり

舌崎さんが県庁通りの再整備で特に意識してきたのは、ただ道路をきれいにするだけではなく、「誰が使うのか」「県庁通りをどう使いたいのか」を考えることでした。

舌崎さん「県庁通りの設計に携わってもらった、ワークヴィジョンズの西村浩さんに「道路を誰が使うのか、巻き込みながら考えないと意味がない」とアドバイスをいただきました。すでに再整備事業は始まっていましたが、市民のみなさんと県庁通りの使い方を考えるワークショップを開きました。」

2018年度に3回開催した『県庁通りデザインミーティング』の様子

一方、県庁通りで長年商売をしている沿道事業者に、道路整備について説明した際には、「1車線にするくらいなら車線を増やしてくれ」「車で移動できる方が便利だ」と厳しい意見をもらうこともあったといいます。

車で移動することが当たり前だった市民に、車線を減らして歩道を広くすることの意味を伝えるのは簡単ではありません。しかし、反対意見を持つ人とも対話を重ね、県庁通りを歩いてもらうことで生まれるポジティブな変化を丁寧に伝えていきました。

県庁通りにある「マルゴデリ」を訪れる舌崎さん。沿道事業者と積極的にコミュニケーションをとっている。

舌崎さん「整備が終わったので、沿道事業者さんに報告に行ったら「良くなったよ」と言っていただけたので安心しました。歩道を活用したオープンカフェも頑張ろうという話も出てきています。

でも、道路整備はゴールじゃなくて、新しいまちのスタート地点。ここで市民のみなさんにいい景色を見せられるように頑張ります。」

足掛け7年の大仕事を終え、ほっとした表情をにじませながらも、真剣な表情で次の目標について話す舌崎さん。市民の声を汲みとりながらハードルを突破していくことが公務員の大変さであり、おもしろさだといいます。まちづくりという言葉通り、まちをつくることができるのは、行政マンだからできることだと思います。

立ち止まるきっかけになればと新しく設置したベンチ

マチナカはこれからも変化する

2022年3月末に再整備を終えた県庁通りは、大きめの植栽が植えられ、緑が気持ちよい空間になっています。また、オープンテラスができるような仕組みも整えたことで、テラス席を設ける飲食店がが少しずつ増えているのだとか。

舌崎さん「現時点ではテラス席があるお店は少ないので、そうしたお店がどんどん増えていくことが次のステップです。

県庁通りはこんなチャレンジができるんだと気づいてもらって、沿道のお店が変化していくと、さらにマチナカがおもしろくなると思います。」

県庁通りに2020年6月にオープンしたベーカリー「PUBLIC」

県庁通りの整備を終え、次は下石井公園の芝生化事業に取り組んでいる舌崎さん。JR岡山駅から約800メートルの場所にあり、図書館や保育園に隣接する下石井公園は、暮らしと近い公園です。

しかし、再開発で高層マンションが立ち並び、マチナカで暮らすひとが増えていくなか、市民からは「子どもを遊ばせる公園が少ない」という声があがってきたのだそうです。

舌崎さん「わざわざ子どもを遊ばせるために、車に乗って少し遠い公園に遊びに行くひとも多いんです。それではマチナカに住んでいる意味がなくなってしまいます。

土のグラウンドを芝生にすれば子どもも安心して遊べるし、ピクニックなんかもできるんじゃないかなと思って。そこで、2021年11月から12月の48日間にわたって、人工芝を貼って社会実験をしました。」

より楽しんでもらうため、テーブルや椅子などを貸し出す取り組みも。

芝生を貼った48日間、子どもたちだけでなく、学生やおじいちゃんおばあちゃんも立ち寄り、たくさんのにぎわいが生まれたそうです。惜しまれながら社会実験を終え、いよいよ本格的に芝生化に向けた設計や工事が始まるとのこと。

舌崎さん「県庁通りと同じように、工事と並行しながら市民のみなさんと下石井公園の活用について考えるワークショップをしようと仕込みをしているところです。

暮らしと距離が近い公園なので、日常がよくなるような公園にしていきたいです。」

自身が大学生の頃に参加した市民参加型のまちづくりワークショップは、舌崎さんが市職員になった現在も脈々と受け継がれています。

大学卒業後も岡山に残り、市職員になった理由は、岡山のおもしろさに気づいたからという舌崎さん。生まれ育った山口では、まちで遊んだ経験がなかったと振り返ります。

舌崎さん「幼少期にまちで遊んだ経験は大切だと思います。その経験が思い出として刻まれれば、このまちを離れる日が来ても、いつかこのまちに戻ってきたくなるんじゃないかと思います。息子を持つ父としても、子どもたちが「岡山っておもしろいんだよ!」と言えるようなまちにしていきたいです。」

最後に、岡山がウォーカブルなまちになることで、期待していることを訊ねました。

舌崎さん「僕も、以前は買い物や食事をするときは、車で全国チェーンの商業施設に出かけていたんです。でも、マチナカに出かけて個性的なお店やひとと出会い、岡山のおもしろさに気づくことができました。

まちを知っておもしろがってもらうためには、ひとが集まったり滞在できたりする空間が大切。ウォーカブルなまちになれば、20年後、30年後も岡山らしさが続いていくんじゃないかなと思います。」

その手段として、行政が手がける公共空間のアップデートがあり、岡山で活躍するひとを紹介するこのnote「マチナカノススメ」があります。歩きやすい環境が整いはじめているいま、ぜひあなただけのお気に入りの景色を岡山で見つけてほしいと思います。

舌崎さんおすすめスポット

福幸
北区田町1-2-6-2
県庁通りにある、おしゃれな中華料理店。女性1人でも入りやすく、カウンターで食べている人が多いとのこと。舌崎さんのおすすめは、野菜たっぷりの「五目焼きそば」とのこと!

SKIPPER' S BEER PUB
北区田町1-1-3 西川コーポ 1F
30年以上続くエールビール専門の老舗ビアパブ。まちを愛するマスターの気質に惹かれてか、スタッフのみなさんもまちが好きなひとが多く、岡山トークが盛り上がるかも。

PUBLIC
北区錦町8-19
2020年6月に県庁通りにオープンした、フランス料理の経験をもとに料理人が作るパン。お店の前に設置されたオープンテラスからは、整備された県庁通りを眺めることができる。県庁通りを行き交うひとの流れも変わってきていると舌崎さんは注目している。

聞き手:中鶴果林

埼玉県出身、2021年に広島県の島に移住し、夫婦で古民家をセルフリノベーション中。専門商社の営業職、海外生活を経て、帰国後ココホレジャパンに入社。仕事や技術を譲りたい人と継ぎたい人をつなげ、まちの多様性の維持を目指す「ニホン継業バンク」の営業や、仕事の魅力を伝えるライターをしています。