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シビックプライドを醸成する岡山のカルチャーゾーン。市民とともにつくる美術館がある幸せ「天神町」

「瀬戸内国際芸術祭2022」が開幕し、岡山のマチナカでも芸術祭へ訪れるお客さんを見かけるようになりました。瀬戸内国際芸術祭は瀬戸内地方を国内外有数のアートスポットとしての価値を高め、注目の地域となりました。

岡山のマチナカで文化芸術を享受できるエリアといえば、岡山城や岡山後楽園など岡山を代表する名所の周辺に様々な文化施設が集まる「岡山カルチャーゾーン」です。

公立では国内唯一の東洋美術品(オリエント)を専門とする「岡山市立オリエント美術館」、大正浪漫を代表する竹久夢二のコレクション有する「夢二郷土美術館」、前川國男の初めて手がけた美術館建築が楽しめる「林原美術館」など、見どころあふれる施設が徒歩圏内に集まるまちはめずらしいのではないでしょうか。

昨今、文化施設は、観光客へのサービスとしてだけでなく、市民にこそ必要だといいます。まちが重ねてきた文化に触れることは、郷土愛を深め、シビックプライドを醸成します。それが日常で親しめる距離感にあるのは幸せなことです。

多種多様な岡山カルチャーゾーンのなかで、レベルの高い企画展と岡山の良さに触れられる高品質なコレクションを揃えるのが「岡山県立美術館」(以下、県立美術館)です。

県立美術館のある天神町付近は、岡山城発祥の地として市民に親しまれるまちで、県立美術館は、創る、学ぶ、集う、守る、繋ぐ広場として、地域の文化芸術の発展に貢献していく「県民とともに創る美術館」を謳います。

そんな県立美術館の成り立ちから、まちへの役割、そして「岡山のまち発祥の地」と呼ばれる天神町について、県立美術館の館長である守安收さんにお話を伺いました。

まちを愛するひとのインタビュー2022その7
『岡山県立美術館』守安 收さん

守安 收(Osamu Moriyasu)
岡山県生まれ。岡山大学法文学部美学・美術史専攻卒業。同大学院文学研究科修了。同文化科学大学院博士課程単位取得満期退学。岡山県立博物館学芸員、岡山県立美術館学芸課長・副館長を歴任。吉備国際大学文化財学部教授を経て、2015年4月岡山県立美術館長に就任。

マチナカに高品質なアートを享受できる場所を

守安さんは、この地で美術史を学び、岡山県立博物館の学芸員を務め、県立美術館創立とともに職員として、永く岡山の文化芸術に貢献されています。県立美術館との縁は、県立美術館をつくるという構想から開設準備局ができた昭和の時代からだといいます。

守安さん「この美術館の誕生から現在まで携わってきましたが、色々なかたのご尽力のもと、県立美術館の今があります。私はそのさまをずっと見守ってきたウォッチャーともいえます。

まず、1962年に当時の岡山県総合文化センター(以下、文化センター/現在の名称は天神山文化プラザ)が天神町に完成して、岡山市民の文化芸術活動と情報発信の拠点として役割を担っていました。」

天神山文化プラザは、図書館やホール、展示会の貸しスペースがありましたが、中央から招いて展示するような大規模な美術展を行うには不十分でした。そこで、もっと多様な展示ができる専用の美術館が必要ではないかという議論が持ちあがります。

守安さん「当時の天神山文化プラザは、地域の方々の作品を展示することが主で、数年に一度、大きめな美術展をするという活動が主でした。

しかし、それだけでは岡山の文化芸術活動において、施設としても文化を享受する面においても不十分です。文化芸術のシンボリックな施設を建てることになりました。」

その総意に至った背景には、県民・市民による天神山文化プラザでの盛んな文化芸術活動があったことは確かです。こうして昭和55年頃(1980年)から美術館の構想を練りはじめます。岡山の人たちの文化芸術を愛する活動から、より多様な美術に触れ合う場づくりにつながったことは、市民活動がパブリックに実装される岡山らしいエピソードです。

いま、県立美術館がある天神町は、当時、裁判所など行政機能がありました。それらの移転に合わせて、天神山文化プラザのお隣に美術館をつくることになりました。

岡山にゆかりあるスーパースターの作品に触れる機会を

建築家の岡田新一さん設計の外観様想は、天神町のもつ歴史的文脈に着想を得て設計。空間と量塊の連繋によってデザインされ、まちに開いたレイアウトが意識されており「このまちにふさわしいスケールと様式の建物はなにか」を考え抜かれた建築になっています。

シンボリックな外観が天神町の落ち着いたまちなみにフィットしている。

同じ文化施設である天神山文化プラザとの大きな違いのひとつは「アマチュア作品を、基本的には取り扱わないこと」でした。

お隣の広島県立美術館は、常設展と特別展、県民ギャラリーを有し、県民ギャラリーでは各種美術団体やグループなどに開放するスペースを設けています。しかし、天神山文化プラザに隣り合う岡山の県立美術館は、機能分担を図り、取り扱うアートの棲み分けをします。

守安さん「常設展のコレクションは岡山に縁ある作家という拘りがありますが、優れたプロフェッショナルを扱うアートミュージアムとして活動し、アマチュアの作品を展示するギャラリーは持たないことにしました。

つまり、ここのコレクションは、岡山のスーパースターをとりあげ、日本有数の作家に親しんでもらえるようなものに徹する。それができたのは、岡山という風土が、雪舟や浦上玉堂、鹿子木孟郎、竹久夢二、日本画家・池田遙邨ら、素晴らしい作家を多数輩出しているからです。」

「コレクションは岡山に徹する」という強い気持ちは、岡山で育まれた高品質なアートが楽しめる美術館を構築していきます。

難しい運営を迫られる文化芸術業界のいま

そして「岡山に文化を届けたい」という気持ちは特別展にも。岡山に新しい風を吹き込む現代アートからエバーグリーンな美術品まで、都市部の展覧会に引けを取らない、芸術に触れ合える場づくりを心がけているそう。

県立美術館で行われた「THE ドラえもん展 OKAYAMA 2022」
@Fujiko-Pro

守安さん「昨今のアートブームで、普段、美術館に行かないような方々も訪れてくださいます。そんな方々にも、岡山に縁ある文化芸術に触れていただきたいので、特別展の観覧料で常設展もみていただけます。岡山の美術について理解を深めてもらえたら嬉しいです。」

しかし、時代背景や新型コロナウイルスの状況など、様々な要素が重なり、昔とくらべて、大規模な展覧会を開催するのは難しくなってきたといいます。

守安さん「昭和63年(1988年)開館当時の展覧会は、来場者が1日1万人の大盛況だったこともありました。その頃は瀬戸大橋の開通、岡山空港ができるなど、岡山にさまざまな機能が追加されているときで景気も良かったです。

今は、展示会をする予算も限られています。現在開催中のドラえもんの展覧会は急に決まって、岡山県では予算的に対応できずにマスコミ各社の支援で開催することができました。以前行った高畑勲さんの展覧会は、開催地が東京国立近代美術館と岡山ほか福岡・新潟だけでした。これも共催者を募り、ぎりぎり工面して開催することができたのです。

しかし、コロナによって、以前の6、7割ほどのお客さんしか入ってこず、今後、お客さまが増えるかといえばそう簡単には戻りません。そもそも人口減ですからね。美術館もこれからまたやり方を変えていかなければ、存続できないだろうと考えています。」

コロナ禍は文化芸術の現場に大きな危機、変化をもたらしています。守安さんは、県立美術館単体だけでなく、地域全体でこの危機を乗り越えていけたらと話します。

守安さん「やはり、岡山カルチャーゾーン全体で活性化していけたらいいなと思っています。博物館と岡山城など色々なところに行ける共通券があったらいいですよね。

ただ、カルチャーゾーンの施設は運営母体や展示会の内容・会期などがバラバラなので、料金の配分などがとても難しいのですが、この地に文化芸術を絶やさないためには、行政区分や運営面での障壁をも乗り越えなければならないでしょう。」

カルチャーゾーンをお散歩して、共通券で思う存分アートや岡山の良さを楽しめるなんて楽しいにちがいありません!さらに、岡山でアートを楽しむ醍醐味はこんなところにも。

守安さん「東京の美術館関係者のかたに、「岡山が羨ましい。会場内は適正な人口密度だから、作品がじっくり味わえる」と言われたことがあります。

文化芸術を味わってほしいと、ここをつくった私たちとしては嬉しい言葉ですが、営業という意味では複雑な気持ちです(笑)。

特別展などによっては、会場設営だけで数千万円かかることがあります。たくさんお客様が来てくれないと帳尻があいません。けれど、コロナでひとを集めすぎるのも難しい。ほどほどにひとを集めつつ大きな赤字をつくらないように運営するという、難しい美術館運営を強いられていることは間違いないです。」

ちなみに岡山市民は、モノを見る目がシビアできちんと質を見分ける力があると守安さん。アートの趣向は、はじめてのものに出会うより、知っているものを再確認したい気持ちが強いので、岡山では名画の展覧会などが人気あるそう。

アートの嗜好も、まちの個性につながっているのです。

岡山カルチャーゾーンの役割を拡大する

県立美術館のある天神町は、町内の大部分が天神山と呼ばれる丘の上にあります。比較的平坦なマチナカで唯一、坂のアップダウンがあるまちでもあります。

文教地区と呼ぶにふさわしい、閑静でおちつきあるまちなみです。

最近では、旧後楽館高校の跡地にRSKイノベイティブ・メディアセンターが完成。本社前のスペースに、岡本太郎のレリーフ「躍進」がJR岡山駅から移転してきました。岡山カルチャーゾーンの新たなアートスポットとして親しまれています。

世界的巨匠・岡本太郎の作品が岡山のマチナカにある奇跡。

守安さん「岡本太郎さんの作品を多くのひとに見てもらうことはうれしいですね。この作品がさりげなくまちあることで地域の文化度が高まり、市民も芸術への接し方や、敬意を表す思いがリテラリーをあげます。けれど、誰でも通れる道にそのまま飾ってあるので、事故がないようにとも私は願っています。

文化に触れることの豊かさに恵まれたまちが、その文化資源をどう活かすかが私たちの課題です。」

天神町というまちを楽しむことは、文化芸術だけでなく、複合的な要素も必要だといいます。

守安さん「今はコロナの状況もあって、夕方から夜の賑わいがまったくありません。美術館帰りに食事をするなど、選択肢が増えるよう賑わいをつくるのも大事ですね。

県立美術館では、夜間開館も月に1回は行っていますが、利用者は少ないですね。ともあれもっと市民の日常の延長線上にある美術館を目指したいと思っています。

ちなみに以前、婚活パーティの会場として美術館を利用していただいたのですが、パーティのカップル成立率が高かったんだそうです。美術館の良いイメージがご縁をつないだとしたらそんなうれしいことはありません。展覧会以外でも美術館を使ってもらえればいいなとも思っています。

とにかく、みんなが心を寄せる場所でありたいです。」

守安さんは、美術館を通したまちの未来に思いを馳せます。美術館は、観光施設としてだけでなく「人間力を蓄えるための場」、「未来への投資」だと考えて、県立美術館を運営していることがわかります。

ここで「アートはよくわからない」という方にぜひ知っていただきたいことがひとつ。アートとは<芸術作品に出会った鑑賞者が、変化する、相互の関係性のこと>をいいます。辞書では<芸術作品が社会になんらかの影響を与えること>などとも書かれています。文化芸術を難しく捉えず、触れたときの心の動きが「アート」なのです。

県立美術館および岡山カルチャーゾーンは、心を揺さぶるまちぐるみのアーカイブ。岡山が育んだ素晴らしさ、美しさが芸術というカタチで残っている場所。岡山のマチナカを好きになる方法のひとつとして、美術館や博物館などへ行くことをぜひおすすめしたいです。

岡山が育んだ文化芸術に触れたときの感情は、きっと私たちの暮らしを豊かにしてくれるでしょう。私たちの「岡山ってなんかイイ!」という気持ちから、まちが彩りはじめます。

守安さんおすすめスポット

プチパイン
北区丸の内1-1-7
遠くの友人が来たら、このお店に案内します。

聞き手:アサイアサミ
東京都出身。大学在学中、宝島社入社。雑誌編集者を経てタワーレコードのフリーペーパー「TOWER」の編集長を5年間務める。その後フリーランスを経て、2012年岡山県へ移住し、広告会社ココホレジャパンを設立。移住情報誌TURNS副編集長などを歴任し、地方地域、環境問題、ライフスタイルなどのジャンルを得意とする編集者として岡山で楽しく暮らしています。

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