第6回:岡山の原風景を攻めて守る双胴船(カタマラン)が、旭川沿いから出航する「出石町・石関町」
まちを愛するひとのインタビュー その6
『カタマラン』・久山信太郎さん、打谷直樹さん
岡山の風景といえば、旭川に岡山後楽園、岡山城、そして広い空。岡山を訪れた人々は、一度はこの風景に遭遇するのではないでしょうか。
岡山後楽園の玄関口である出石町・石関町は、岡山のシンボルをまちの風景に有する城下町。空襲の戦火を逃れた町並みが残り、古き良き岡山を感じられるエリアになっています。
旭川に沿って北に出石町、南に石関町。川の対岸には岡山後楽園。
このまちに、一昨年「まちづくり会社」が誕生しました。その名も「カタマラン株式会社」。カタマランは、固まらん、ではなく双胴船(カタマラン)。2つの船を並列し、デッキ同士をつないだものを指します。
このまちの、2艘の船とは「神社」と「不動産屋」。まったく航路の違うであろうふたつの船が、まちづくりを通じてつながる理由、気になりませんか?
岡山神社の宮司、久山(くやま)信太郎さんと、株式会社HIT PLUSの打谷直樹さんにお話を伺います。
(左)久山信太郎(Shintaro Kuyama)
1978年、岡山神社の宮司の家に生まれる生粋の岡山人。大学から東京に出て、米国留学、サラリーマン、自転車で世界放浪などを経て2010年に帰岡。神社で音楽祭や蚤の市を開催したり、地域に関わる活動を通してエリアの価値を上げることを目指している。現在、岡山神社宮司、カタマラン株式会社代表取締役などをつとめる。
(右)打谷直樹(Naoki Uchitani)
1980年生まれ、埼玉生まれ、奈良県育ち。2004年10月会社の転勤で岡山へ。その後、岡山で独立する。現在、株式会社HITPLUS代表取締役、カタマラン株式会社代表取締役、株式会社西舎代表取締役などつとめる。
美味しい飲食店大好き、漫画大好き不動産業の立ち位置で自分のマチを楽しくするために活動中。
キーワードは「ふるさと」
久山さんは生まれも育ちも岡山のマチナカ。それもそのはず、石関町にある岡山神社宮司です。先祖代々、このまちの平和を祈り続けてきた家系だからなのか、初対面でもすぐに仲良くなれそうな雰囲気の持ち主です。
初対面から人懐っこい宮司を、私はひそかに「全人類の幼なじみ」と呼んでいます。
神職でありながら久山さんがまちづくりに興味を持ったのは、大学と就職で東京に住んでいた頃から。岡山神社を継ぐため、2010年に岡山へUターン。
粛々と伝統と文化を継承するかと思いきや、人が集う祭りを現代風にアレンジしてみたり、境内のど真ん中にアート作品を置いてみたりと攻め攻めです。
そしていよいよ打谷さんとまちづくり会社まで設立することに。久山さんを突き動かすものは。
久山さん「まずは岡山が好きだから。そして岡山神社がある石関町、出石町、このあたりを盛りあげたいことが一番ですよね。育ったまちが寂れていくのはつらいです。あと、宮司としても、神社はまちとつながっていますから、まちが衰退してしまうと神社も成り立ちません。」
神社といえども、未来永劫つづくわけはありません。神社の持続可能性とは、まちとイコールなのです。
相棒の打谷さんは、テナント、事業用物件の不動産仲介を通じて、出店者の場所探しからオープンまでの開業支援、不動産オーナーへのコンサルティングを行う「HIT PLUS」を経営しています。
奈良県出身、大学で大阪を経由して岡山で不動産業をはじめます。結婚を機に出石町に暮らしはじめ、まちの仲介者からまちの当事者へ変化していきます。
HIT PLUSのイメージイラスト
打谷さん「僕は、ふるさとと呼べるまちがないんです。埼玉で生まれ、父親の仕事の都合で奈良に長く住み、父親の実家は和歌山にあったりして、僕は僕で部活に没頭していたので、、地域の思い出が本当にない。小さい頃、チェーン店のスーパーへ行ったってことくらい。だから、僕にとって、カタマランのまちづくりは『ふるさとづくり』でもあるのかもしれません。」
今は家族4人で出石町に住む。嫁が超かわいい。(photo:ヤマグチイッキ)
打谷さん「あともうひとつ、僕は以前、まちづくりのNPO法人『ENNOVA OKAYAMA』の理事長をつとめていました。そこで、まちの廃校を活用した社会実験を行ったのですが、結局、まちに実装できませんでした。
遊休物件の魅力的な使いかたばかり追って、まちのひとたちの要望を拾いきれなかったことや、実際に運営していくことになったときの費用のやりくりなど中途半端だったんです。これには大きな責任を感じています。
まちづくりは本気でまちに関わろうという気持ちがなければ、まちにとってマイナスでしかない。やはり当事者として取り組まなければならない、というタイミングで、久山さんと一緒に『カタマラン』をつくりました。」
久山さん「小さいことからでも、はじめないとね。」
打谷さん「このまちの当事者として、ここで暮らしていないのは説得力がないので、家を建て、事務所も出石町へ移転したんです。」
久山さんが「生粋のまちのひと」ならば、打谷さんは現在進行形で「まちのひとになっているひと」。宮司さんと不動産屋さんのカタマランは旭川のほとりからそっと漕ぎ出しました。
まちの賑わいは、観光客と地元民の交点でつくる
カタマランとしての初めての事業は、旭川沿いの石山公園近くに「PUBLICカウンター」という路面のカウンターを設置したことです。まちと観光地の交点に、賑わいをもたらす週替りのお店と、公園の管理施設を備えました。
完成したPUBLICカウンター
打谷さん「公園内のピザ屋さんと、公園活用の社会実験と民間の建物が公共空間に関わるしくみをどうつくれるか一緒に考えています。」
石山公園は岡山後楽園や岡山城への通り道となるため、観光客と地元住民が入り交じる場所でもあります。
公共と民間。観光客と地元民。なりたちの異なるひとびとが行き交う場所には、楽しみの案内所のようなもの=まちのカウンターが必要です。
しかし、観光客と地元民ではまちに求める機能が異なり、むしろ正反対かもしれません。カタマランが目指すこのまちのビジョンが気になります。
打谷さん「まだ議論の最中ではありますが、ここで生活している僕らが楽しげにしている様子は必要かなと。それが第一。そして、観光客のみなさんが、岡山を味わってもらう手段も整えたいと思っています。」
ありがたいお祓いつき(自作自演)
久山さん「このエリアは、岡山に降り立って、まず第一に訪れる場所だと思っています。
僕が、世界中を旅行して回ったときに思ったことですが『THE観光地』みたいなところへ行っても、訪れたところの記憶はあまり残りません。何が楽しかったんだろうって思い返すと、地元のひとと関われたかどうかってことでした。
出石町・石関町が盛りあがるポイントは、地元のひとと観光客の接点を生むこと。地元のひとも楽しくて、観光客もジョインする。ひとの行き来を活性化させるようなことを目指したいです。」
アフリカ旅行をしたときの久山さん。さすが人類の幼なじみ。
公共空間を、みんなが楽しめる場所にしていきたい。出石町・石関町はそんな2人から見て、どんなまちなのでしょう。
久山さん「生まれたときからずっとここで育って、僕の原風景がここにある。好きか嫌いかを超えて、お母さんみたいな感じ。たまにムカつくし、クソババアって毒を吐いたこともあるけれど、抱きしめられると涙するみたいな(笑)。建物は変わりましたが、空気感は40年間変わらないです。」
打谷さん「地元の方の思いが強いまちです。もちろんいい意味で。ここに長くから住んでいるひとたちは久山さんも含め『受け継いだひとたち』ばかり。景観や文化、祭りなどを守ることにはとてもシビアだけど、それ以外は自由にやらせてくれる空気があります。」
久山さん「歴史的なことを話すと、太平洋戦争時、岡山大空襲で岡山神社から岡山駅にかけて、焼け野原になっているけれど、このあたりは残っている場所も多くて、戦前から住んでいるひともいます。『自分たちのまちを守らないと』っていう思いが強いと感じます。」
戦前の岡山神社。*現在は門をのぞいて焼失
出石町・石関町は、みんな(もしかしたら岡山県民みんな)が風景を変えたくない場所なのかもしれません。でも「変えないこと」の難しさは「変えること」以上に困難です。
なにもしなければ朽ちてしまう危険すらある、いまの地方の状況において、出石町・石関町のように、地元住民の愛と観光客の期待をせおったまちはパブリックカウンターをはじめ、アートプロジェクト、イベント、新店、リノベーションホテル……など、様々な楽しみをまちにちりばめていかなければ、守り抜けないのです。
打谷さん「僕の仕事は不動産業です。不動産業界は、ひとがたくさんいる、経済的価値があるところに一極集中するよう、煽っている状況が続いていました。
それって結局、経済的にどんどん成長していかないと価値が下がってしまうもの。そして、コロナ渦の状況によって、大きな反動が起きました。でも本来、同じ土俵にのらなくてもいい事業者もいます。
経済性が軸ではない不動産は、それに太刀打ちできる魅力をつくらないといけないと思います。新しい価値を創出することで、もともとある魅力的なものをなにか、事業の足しに変えていけるんじゃないかな。そして、僕が好きなことをしている大好きなひとたちが、ちゃんと表現できる場がつくりたい。それを探りながら進んでいる状況です。」
久山さん「僕もうっちー(打谷さん)も、神社を守る、事業を守るってことが根本にあって、そのためにはまずエリアを元気にしていかないと、事業も支えられません。そして、自分たちが暮らしているエリアを自分たちも普通に楽しみたいですからね。
旭川からまちを眺めるツアーをこの春からはじめるために、2人でカヌーの免許を取ったり、サウナに今更ハマったりしています。楽しみながらこのまちを面白くしていきたいです。」
カヌーのインストラクターの資格も取りました!
ふたりの話をきいて、しみじみ、「おせっかいなんだなぁ」と思います。でも、昔はまちにおせっかいなひとって、あちこちにいましたよね。
お互い、まったく違う領域で活躍してきて、ふと「まちを面白くしたい」という同じ目標にむかって、カタマランは進んでいく。スピードは出ませんが、安定性は抜群のクルージングになるんですよね。
彼らの楽しみが実装された出石町・石関町は、今と「変わらない」、岡山の風景を担保してくれる予感がします。
まちも愛されていますが、この2人も愛すべきおじさんです。
カタマランおすすめマチナカスポット
黄金宮殿
丸の内1-2-4
パブリックカウンターの、道路を挟んで向かい側にある焼肉屋さん。焼き肉大好き岡山県民も一目置く人気店で鮮度がピカイチ。おすすめは「コンゴウ」。そして、食後の「黄金プリン」は必食です。
MATSU
天神町9-11
出石町のとなり、天神山のイタリアンレストラン。岡山の旬の食材を取り入れたイタリアンは、県外のファンも多い。コースのひとさらずつとワインをあわせるペアリングも楽しい。
じゅん平
丸の内2-11-27
グルメの打谷さんが「ランチにおすすめ!」と激推する定食屋さん。サクサクの衣とジューシーなフライや、ご飯と合いすぎる罪な唐揚げがおすすめ。ビジネスマンの列が絶えないが並ぶ価値あり。
串揚 山留
天神町1-16
「小さい頃からずっと食べてる味」と岡山っ子の久山さんがおすすめの串揚げ屋さん。串カツはもちろん、「雑炊定食」という、ふわふわ卵の雑炊と串カツがセットになったここだけの味も。
串かつ 日賀志
表町1-5-17
「串カツなら、僕は日賀志」と打谷さん。こちらは、酒の肴になりそうな、乙な串カツにビールがすすみます。おまかせコースは八品揚げたてをサーブ。さりげなく刺身もおいしいのでぜひ。
聞き手:アサイアサミ
東京都出身。大学在学中、宝島社入社。雑誌編集者を経てタワーレコードのフリーペーパー「TOWER」の編集長を5年間務める。その後フリーランスを経て、2012年岡山県へ移住し、広告会社ココホレジャパンを設立。移住情報誌TURNS副編集長などを歴任し、地方地域、環境問題、ライフスタイルなどのジャンルを得意とする編集者として岡山で楽しく暮らしています。