図書館が岡山を好きになるきっかけに。本の貸出以上の価値をつくる岡山県立図書館「丸の内」
インターネットで「岡山県立図書館」と検索すると、「日本一」という言葉が候補に表示されます。いったい、岡山県立図書館のなにが日本一なのでしょう?実は、都道府県立図書館の中で来館者数と貸出冊数が日本一なのです。
一般的には県庁所在地に置かれている県立図書館。市町村単位の図書館には行ったことがあるけれど、都道府県の図書館には行ったことがないという方もいるかもしれません。私も約30年間で5つの県で暮らしましたが、一度も県立図書館を訪れたことがありませんでした。
岡山県立図書館が日本一の来館者数を誇る理由や、暮らしに図書館があることの豊かさを教えてもらうべく、館長の中本正行さんにお話を伺いました。
まちを愛するひとのインタビュー2022 その10
『岡山県立図書館』中本正行さん
JR岡山駅から岡山城を目指して歩いていくと、岡山城のすぐ手前にあるのが岡山県立図書館。駅から徒歩約20分とマチナカの散策にはぴったりの距離感ですが、雨の日や真夏日でもご安心を。岡山駅から出ている路面電車やバスに乗れば、約10分で到着します。
ここにはかつて岡山市立丸之内中学校があった場所ですが、学校の統合に伴い2004年に移転する形で開館しました。移転前は現在の天神山文化プラザ内にありました。
人口に対して来館者数と貸出冊数が日本一の理由
岡山県立図書館が日本一といわれる所以は、1年間の来館者数と貸出冊数にあります。
日本図書館協会が毎年発表している統計データによれば、2021年度の来館者数は約70万6,000人、貸出冊数は約110万2,000冊と、日本一に輝きました。また、2018年まで両指標ともに14年連続で日本一でした。
岡山県の人口は20位と全国的に見ても決して多いとはいえません。なぜ来館者数と貸出冊数で日本一を維持することができるのでしょうか。
中本さん「3つの要因があると考えています。
1つめは、蔵書冊数の豊富さと閲覧室の快適さです。大阪府、東京都、埼玉県に次ぐ蔵書があり、約156万冊を取り揃えています。これは全国的に見ても多いんです。バックヤードに126万冊、閲覧室で手にとってすぐに読める本が30万冊あるんですよ。」
閲覧席は約400席ありますが、朝からご年配の方々や多くの親子が訪れたり、昼は大学生が調べものをしたり、夜は社会人が立ち寄ったりと、どの時間も埋まっていることが多いそうです。
中本さん「2つめは、人が集まりやすい立地条件ですね。繁華街の表町エリアからも近く、買い物のついでにも立ち寄れるのがここ丸の内エリアの特徴です。住宅街と駅の間で、ひとが集いやすい場所なのでしょう。
3つめは、司書のきめ細かなサービスです。来館者が調べ物でお困りの際に資料を介してお手伝いする<レファレンスサービス>には自信があります。」
レファレンスサービスとは「こんな本はありますか?」「こんなことを調べたいんだけど…」など、本探しや調べ物の困りごとを司書に相談し、解決するサービスのこと。図書館にある本や情報を探すプロである司書の腕の見せどころです。
中本さん「「こんなこと聞いていいのかな?」「忙しくないかな?」と、遠慮している方も多いかもしれませんが、ちょっとした相談でいいんです。
気軽に「こんな本を読みたいのですが。」「何を読んだら分かりますか?」といった相談をしていただいて、仕事や暮らしに役立ててほしいですね。」
図書館では、本を探すことも資料を検索することもすべて自分ひとりで解決するものだと思っているひとが多く、それは誤解だといいます。ユーザーの私たちは、もっと司書の方に話しかけたり頼って良いんですね。
ひとが集いやすく、司書のきめ細かなサービスも兼ね備えている岡山県立図書館。岡山県民は、図書館という場所が好きなのか、本が好きなのか、どちらなのでしょう。
中本さん「公共図書館(市町村立と県立の合計)での県民1人あたりの貸出冊数は、滋賀県、東京都に次いで岡山県は第3位です。全国的に見ても、岡山県民は、本も図書館も好きなのではないでしょうか。
今後ますます、市町村図書館と県立図書館が力を合わせて「本好きな」県民の期待に応えていかなければならないと思っています。」
市町村図書館を支援するための取り組み
最近は図書館に行く機会が減っていましたが、今回の取材で久しぶりに図書館を訪れました。そこで目に入ってきたのは、至るところに設置されている企画展示。ただ本が置かれているわけではなく、手づくり感のある展示に、ついつい足を止めて見入ってしまいます。
常時15前後の企画を同時に開催しているのだそう。人文科学から児童書まで、専門性を持った企画展ができるのも県立図書館ならではだといいます。
図書館が本の貸し借りに限らずこうした企画展をやる意義について、中本さんはこう話します。
中本さん「本を読んでいると、ついつい同じ作家や同じジャンルを選んでしまうなど、読む本が限られてしまいますよね。ですから、みなさんを幅広い分野の本との出会いに誘っていくというのが図書館の役割だと思っています。」
今年から県立図書館でつくった企画展示をパッケージ化して、県内の市町村図書館でも同じような展示ができるような仕組みをはじめたのだそう。そのほかにもスタッフが少ない市町村図書館では手が回らない部分をフォローしています。
中本さん「県内の市町村立図書館が、住民の方からレファレンスで質問を受けても答えるのが難しい場合は当館でお手伝いします。また、県立図書館の職員が1年に1回は必ず各市町村図書館を巡回して、相談する機会も設けています。」
県立図書館は俯瞰した立場ではありながらも、市町村図書館や学校のサポーター的な役割を担っているのです。
また、岡山県立図書館には約156万冊の蔵書がありますが、特に毎年出版される児童書は全て購入しているのだとか。
中本さん「書店に置かれている児童書は、スペースが限られており、売れている本だけ置くことも多く、幅広く作品を手にすることはできないのです。
市町村図書館の職員や、学校の先生方が児童書の購入を検討する際に手にとれるよう、出版される本は1冊ずつ購入しています。購入後1年間は一般貸出はせず、こうした研究用の書籍として管理しています。」
子どもの学習に影響を与える児童書は、カタログやネット上で表紙を見るだけではなかなかわかりづらいもの。絵のタッチや表紙の硬さなど、実際に手にとって読めることは重要です。
家の近所にある図書館で置かれていない場合は、岡山市内にお出かけする際に県立図書館に立ち寄り、実際に手にとって本を借りて、読み終えたら近所の図書館へ返却することも可能です。県内の図書館では相互賃借、相互返却ができるので、その仕組みをぜひ活用してみたいですね。
岡山に住んでいることを誇りに思える図書館を目指して
2020年に館長に就任して3年目の中本さん。図書館のサービス全般を学ぶ上で司書の資格が必要と考え、昨年度に資格を取得。お困りの様子の方がいたら、中本さんもお声かけすることもあるといいます。
中本さん「先ほど、図書館を使う際は気軽に司書に相談してほしいと申しましたが、幼少期に図書館の使いかたを身につけてもらうことがとても大切だと思っています。
図書館の使い方や読書の習慣を身につければ、それが一生の財産になりますから。」
子どもたちに図書館を身近に感じてもらうために、2歳までの子どもを対象にした読み聞かせ教室を開催したり、小中学校の見学や職業体験も積極的に受け入れているといいます。
中本さん「これからも岡山県に住んでいることを誇りに思えるような図書館にしていきたいですね。そう思えることは、きっと地域の振興につながると思います。」
電子書籍が普及し、動画コンテンツが情報収集の主流になりつつあるなど、本を取り巻く環境は変化しています。そのなかで、単純に本の貸し借りサービスだけでなく、場所としての付加価値が図書館のあるべき姿だと捉えています。
中本さん「まずは岡山市に住んでいるみなさんに、散歩がてらもっと図書館に足を運んでいただきたいですね。昨年度、向かいにある岡山県庁の職員向けにポータルサイトを開設して、県庁職員にも図書館利用を促しています。」
33年間、県庁勤務だった中本さんは、丸の内の散歩が日課だといいます。そんな散歩好きの中本さんに丸の内エリアの魅力について伺いました。
中本さん「岡山城や林原美術館など歴史や文化に触れられて、かつ図書館のような生涯学習の場があったりと、いろいろな顔がありますよね。県庁通りに行けば最近できた飲食店があったりと、まちの機能がぎゅっと凝縮したような場所だと思います。」
おすすめのお散歩ルートは図書館の裏手を出て岡山城と後楽園を結ぶ月見橋を渡り、後楽園を歩き鶴見橋を渡って旭川沿いを歩くコース。県庁通りや旭川沿いにある草花や木に四季のうつろいを感じることができるのだそう。
2022年11月には岡山城の大改修が終わり、丸の内にまた新しい風が吹くことでしょう。「県立図書館にも気軽に来てもらえるように、PRを頑張りたいですね」と中本さん。
大学進学と同時に岡山に住みはじめ、県立図書館が移転する前から丸の内で働き、まちの移り変わりも見てきた中本さんは、もっと岡山市民に岡山を好きになってほしいといいます。そのひとつのきっかけが岡山県立図書館であるよう、豊富な蔵書や、きめ細やかな司書のサービスに注力しています。
ぜひ、来館者数と貸出冊数日本一を誇る岡山県立図書館に立ち寄り、あなただけの図書館の使いかたを見つけてみてはいかがでしょうか。
中本さんおすすめスポット
聞き手:中鶴果林
埼玉県出身、2021年に広島県の島に移住し、夫婦で古民家をセルフリノベーション中。専門商社の営業職、海外生活を経て、帰国後ココホレジャパンに入社。仕事や技術を譲りたい人と継ぎたい人をつなげ、まちの多様性の維持を目指す「ニホン継業バンク」の営業や、仕事の魅力を伝えるライターをしています。