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思いがけない価値観と出会える場所。岡山の映画文化をつくったシネマ・クレールの軌跡「丸の内」
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思いがけない価値観と出会える場所。岡山の映画文化をつくったシネマ・クレールの軌跡「丸の内」

まちを愛するひとのインタビュー2022その4
『シネマ・クレール』浜田高夫さん

世界中が新型コロナウイルス感染症という未曾有の事態に直面した2020年は、私たちにさまざまな行動の変化をもたらしました。大人数が集まる飲食店は休業に、イベントも軒並み中止になりました。

行動制限によって特に打撃を受けたのは、個人でお店を営むひとたち。なかには営業が続けられずに廃業を余儀なくされたお店もあり、私も「閉店」の貼り紙を見かけるたびに悲しい気持ちになりました。

岡山のマチナカに、コロナ禍で存続の危機に直面したミニシアターがあります。開館から28年目をむかえる「シネマ・クレール」です。県内唯一のミニシアターを絶やしてはいけない、と市民や県外の映画ファンが立ち上がり、クラウドファンディングで支援を呼びかけ、わずか2ヶ月で1,000万円を超える支援が集まったのです。

支援者の数はなんと1,000人以上。多くのひとに愛される「シネマ・クレール」の支配人として岡山の映画文化を紡いできた浜田高夫さんに、ミニシアターをつくった経緯や映画を通して伝えたい想いを伺いました。

<プロフィール>
浜田高夫(Takao Hamada)
1949年岡山市生まれ。大学時代を京都で過ごし、就職で帰岡後、ガス会社に勤務。会社員のかたわら自主上映サークルを立ち上げて約15年間活動し、1994年に岡山市石関町に「シネマ・クレール」を創設し、2001年に丸の内に新館を創設。現在は丸の内に一本化し、支配人を務めている。

コロナ禍に挑戦したクラウドファンディング

新型コロナウイルス感染症の影響により、シネマ・クレールだけではなく、全国のミニシアターが岐路に立たされました。

2020年4月7日に東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県に緊急事態宣言が発令。4月16日には対象を全国に拡大し、岡山も商業施設などの休業を余儀なくされ、シネマ・クレールの11日間の客数はゼロに。

しかし、2020年5月には早くも「シネマ・クレール応援団」が有志によって設立。6月には『ミニシアターを街に残そう!~シネマ・クレール存続プロジェクト』と題したクラウドファンディングを開始し、目標を上回る支援総額を集めました。

岡山市民だけでなく、かつてシネマ・クレールで映画を観た古くからのファン、映画監督や俳優からも応援メッセージが寄せられています。

浜田さん「本当にありがたかったです。これからも頑張らなきゃいけないなと思いました。」

コロナの感染拡大は今も続き、映画業界自体、厳しい状況は続いています。少しずつ元に戻りつつあるとはいえ、現在も客足は以前の6割程度だといいます。

昔の岡山には映画の多様性がなかった

岡山市で生まれ育った浜田さんが映画に魅せられたのは小学生の頃。映画を通して、知らない世界を想像することが好きな子供だったそう。

浜田さん 「1960年頃、岡山の映画館で上映されていたのは、大衆向けの有名な映画ばかり。映画雑誌を眺めては「岡山でもこんな映画を観てみたいな」と思っていました。」

京都の大学に進学した浜田さんの映画の世界は広がります。京都や大阪など関西の都市部では、上映される映画の数が豊富で、さらに映画好きの有志が公共の施設で映画を上映する「自主上映」が盛り上がっていました。浜田さんはそんな都会の映画文化に刺激を受けながら、時間が許す限り映画を観た大学時代だったそうです。

大学を卒業して就職のために岡山に帰ってきた浜田さんは、数年前に自分が岡山を離れる前と全く変わらない岡山の映画文化に気づきます。

浜田さん「上映される映画の種類が少なくておもしろくないな、と感じました。」

さまざまなジャンルの映画を観ることができるシネマ・クレール

もどかしさを感じながら数年が経ち、仕事にも慣れてきた頃、「岡山の地でプロの演劇を観たい」という市民によって創立された岡山市民劇場(以下、市民劇場)で「岡山映画鑑賞会」が始まりました。

「岡山映画鑑賞会」は、1978年に「岡山で上映されない名画をわれわれの手で」をスローガンに市民劇場で発足した団体です。

浜田さん「たまたま市民劇場の自主映画会を観に行ったら、「岡山映画鑑賞会」のスタッフを募集していたので参加することにしました。4年間の活動後、「古典映画愛好会」という上映会サークルをつくって定期的に無声映画を上映する中で、大阪にある「ドイツ文化センター」とつながりができていきました。」

ドイツ文化センターとのつながりを深めるうちに、ドイツ文化センター主催の映画祭で上映していた映画を浜田さんが自主上映するようになり、1981年には「映像文化交流会」を立ち上げて、本格的に上映する立場になりました。

「映像文化交流会」という名前には、映像を通じていろんな国の文化と交流しませんか、という浜田さんの想いが込められています。初めて上映したのは、1979年にアカデミー賞を受賞したドイツ映画「ブリキの太鼓」のフォルカー・シュレンドルフ監督の作品を5本集めた特集。その後も、岡山では劇場公開されていなかったヨーロッパ系やアート系の作品を取り上げてきました。

ドイツ映画や真新しい映画を観るという体験は岡山市民にとってどんな影響をもたらしたのでしょうか。

浜田さん「はじめての上映会には20人前後が来てくださったと思います。それから数年後の1980年代後半にミニシアター・ブームが全国的に起こってからは、ミニシアターで上映される作品を自主上映で取り上げるようにしたので、とても盛り上がりました。」

浜田さんは、会社員として働く傍ら、土日は岡山市立オリエント美術館(以下オリエント美術館)の地下講堂などの施設を借りて自主上映の活動をする。そんな暮らしが13年ほど続きました。

映画館をつくることが夢だったわけではない

いよいよ石関町に自らの映画館をオープンしたのは1994年のこと。念願の映画館創設と思いきや、実はそうではなかったようです。

浜田さん「映画館をつくることが昔からの夢だったわけではありません。自主上映の活動を続ける中で、上映のたびに機材を運ぶことが大変で。映画館があれば映写機を置いておけるので、楽になるだろうという理由から固定の映画館を持つことにしただけです。」

石関町に空き物件を見つけ、映画館として利用できるように改修して誕生した「シネマ・クレール」。自主上映の会場としてよく利用していたオリエント美術館から徒歩5分の位置だったこともあり、今まで足を運んでいた人も訪れるようになったそうです。

また、岡山県内唯一のミニシアターということもあり、「シネマ・クレールに行けばミニシアター系の映画が見られる」という口コミが広まり、徐々に客足は伸びていきました。

石関町にシネマ・クレールを開館してから4年後の1998年に会社を退職した浜田さんは、「会社を辞めた以上は、もっとちゃんとした映画館をつくらないといけない」と思うようになったそうです。

2001年には、その思いを叶える「シネマ・クレール新館」を丸の内にオープン。集中して映画を観ることができるよう、空調や音響にこだわって、最初からつくることにしました。

映画が好き、映画を観てほしいという浜田さんの想い。さまざまなジャンルの映画を観ることが一般的ではなかった頃から自主上映の活動を始め、40年以上映画に関わってきた浜田さんとシネマ・クレールの存在があったからこそ、岡山の映画文化は今日まで続いてきたのです。

シネマ・クレールの外観

ミニシアターから考えるまちづくり

浜田さんはシネマ・クレールの支配人として、28年にわたってマチナカを見守ってきましたが、どんな変化があったのでしょうか。

浜田さん「表町の商店街がどんどんさみしくなっているのが一番大きな変化かもしれません。

理想としては、シネマ・クレールが、にぎわいのきっかけになれたらいいなと思います。映画を観て終わりではなく、そのあと、食事をしながら感想を述べ合ったりできる、溜まり場のような場所があったらいいですよね。」

「また、思い思いの芸術を発信できるような演劇小屋や演芸場もあるといいですね。映画を観たあとに「よかったよ」という感想で終わらせない批評会もやりたいです。」と語る浜田さん。

岡山のマチナカは政令指定都市でありながらも、駅から歩ける範囲内に歴史的建造物や文化施設、個性的なお店が集まっています。映画を観たあとで歩いてみると、見えている景色が変わり、今まで認知していなかった場所に気がつくことができるかもしれません。

映画で多様性を享受すれば、暮らしやすくなる

密集した空間にひとが集まることが難しくなった時代に、ミニシアターで映画の上映を続けている理由を伺いました。

浜田さん「映画を通して、つくり手が何に対して問題意識を持っているかを感じてもらい、何かしらが自分の心に残る体験をしてほしい。おそらく、映画にはそれぞれの国の文化や習慣など、培われてきた歴史が影響しているはずなのです。

そういった気づきが得られる映画を、スクリーンを通してみなさんに紹介したいと考えています。これは、自主上映の活動をしていた頃から変わらない想いです。」

私自身を振り返ると、メディアで宣伝されるようなヒット映画は観るけれど、気づいたら似たようなジャンルの映画ばかり観ていたような気がします。けれど、ミニシアターに行けば、近日公開のチラシがずらりと並んでいるので、普段は選ばないような映画にも興味が湧いてきます。シネマ・クレールは、映画の選択肢を広げてくれているのだと思います。

近日公開のチラシを眺めるだけでも楽しい

シネマ・クレールの上映ラインナップは、配給会社とのやり取りや、目利きで決めているそうですが、浜田さんがずっと大切にしているのは上映する映画の多様性。

浜田さん「映画を観るということは、自分の世界が広がること。世界にはさまざまな文化や習慣、生き方があり、映画を通じてそれらを少しでも理解できれば他者を受け入れやすくなるかもしれません。そこに映画の魅力があります。」

「おもしろかった」「感動した」だけではなく、「つまらなかった」でもいいから、自分の心に残る体験をする。そして、映画を観る前より少しだけ自分の世界が広がれば、他者への理解ができるようになるのかもしれません。

これからもシネマ・クレールが岡山のマチナカにあり続けるためには、市民がシネマ・クレールに足を運ぶこと。いつも動画配信サービスで映画を観ている方も、たまにはミニシアターで映画を観てみてはいかがでしょうか。思いがけずに観た映画が、私たちの暮らしを広げてくれるはずです。

浜田さんおすすめスポット

海華楼
岡山県岡山市北区表町1丁目4−1
1964年から続く、豊富なメニューが自慢の広東料理のお店。その日に食べたいものを食べるという浜田さん。紹興酒を温めてくれて、砂糖もつけてくれるところがおすすめポイント。

聞き手:中鶴果林

埼玉県出身、2021年に広島県の島に移住し、夫婦で古民家をセルフリノベーション中。専門商社の営業職、海外生活を経て、帰国後ココホレジャパンに入社。仕事や技術を譲りたい人と継ぎたい人をつなげ、まちの多様性の維持を目指す「ニホン継業バンク」の営業や、仕事の魅力を伝えるライターをしています。



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