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やりたいようにやらせてくれるオフグリッドなまちで、ぜろどーなつがつくる輪っかとは「富田町・野田屋町」
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やりたいようにやらせてくれるオフグリッドなまちで、ぜろどーなつがつくる輪っかとは「富田町・野田屋町」

富田町に、週に1度だけオープンするおやつ屋さん「ぜろどーなつ」があります。

「ぜろどーなつ」の工房がある富田町(とんだちょう)は、JR岡山駅から徒歩10分くらいの位置にあり、江戸時代は武家屋敷として栄え、伊賀忍者の隠れ屋敷(!)があったという史実も。一見ふつうの住宅街ですが、いま、ここは個性的なお店が点在する注目エリアといわれています。

伊賀忍者が隠れ住んだ場にふさわしく(?)個性的なお店たちがすっかりまちに溶け込んでいるのがまず面白いと感じます。

ぜろどーなつの、富田町の後楽園通りに面した工房兼店舗では、主に学童保育のおやつ製造を行い、火曜日にドーナツを店頭販売をしています。週1回営業というレアキャラ度極まるおやつ屋さんですが、店前を通るといつも甘くいい香りが漂い、ちょっとした人の気配も感じられて、なんともいい雰囲気をまちにもたらしているおやつ屋さんなんです。

そんな「ぜろどーなつ」を営む加藤奈津子さんは、東京から岡山に移住して今年で11年目。岡山での暮らしが気に入り、家族親戚一同総岡山県民化。もはや、移住者を通り越して定住者と呼びたいほど岡山に馴染んでいるのが印象的です。

東京では子育てに専念していた加藤さん、右も左もわからぬ新境地へやってきておやつ屋さんをはじめます。その経緯から富田町・野田屋町の魅力などなど、岡山でコトを起こす醍醐味がぎゅっとつまったおはなしを伺います。

まちを愛するひとのインタビュー2022その8
『ぜろどーなつ』加藤奈津子さん

加藤奈津子(Natsuko Kato)
1979年生まれ、東京都出身。大学卒業後、良品計画(株)の社内カメラマンとして、Web用商品撮影を担当。妊娠を機に離職。2011年、東日本大震災を機に岡山へ移住。二児の母。

ドーナツはコミュニケーションツールとして焼き始める

ぜろどーなつのドーナツは、粉と卵と砂糖と油とごくシンプルな材料でつくられていて、油で揚げずオーブンで焼きあげています。シンプルだからこそ、ひとつひとつの材料は丁寧につくられているものを厳選。

市販の食べ物に入っている添加物など、本当に必要なのかを“ぜろ”から考えた結果、余分なものを使わずにつくるドーナツになったので「ぜろどーなつ」。安心安全でとびきり美味しく、大人気すぎていつも売り切れてしまうので、ぜろどーなつは「幻(ぜろ)のどーなつ」と私は密かに呼んでいます。

このやさしいドーナツの誕生物語は、加藤さんが2011年5月に岡山へ移住したことからはじまります。

加藤さん「震災に遭って、移住するまちを探すなか、フォトグラファーの夫が撮影で岡山を何度か訪れたとき、出石町らへんのまちなみの良い印象が心に残っていました。

居住地の条件は、新幹線がとまって、歩いてまちを行き来できて、自転車で移動できて…と考えると、岡山がぴったりでした。」

記憶の片隅にあった「住みやすそうなまち」へ、東日本大震災を機に震災後2ヶ月で移住した加藤さん。

加藤さん「いやほんと移住してよかったです〜。あの頃は「安心して暮らせる」ことこそ切実な問題だったので、地震が少ないというだけで理想郷。普通のことが、普通にできるだけで幸せでした。」

震災後、岡山に来て心から深呼吸ができたといいます。当時、同じ境遇の子育て世代が周りに多かったことが加藤さんにある変化を起こします。

加藤さん「移住者同士だと境遇が似ているせいか初対面なのに昔からの友人のように接することができました。病院の評判や、日々の暮らしのこと、心配ごとなども共有できて孤独から開放された喜びもあって、交流がスムーズでした。

ただ、地元のかたとは温度差をすこし感じていました。違和感を解消するにはどうしたらいいかな?と考えて、話し合うってことが一番いいんじゃないかと思ったんです。でも、いきなり「話し合おう!」って呼びかけるのもハードルが高いので、フランクにおやつでも食べながら交流がするのがいいかも、「じゃあ、ドーナツ屋さんをやろう!」って、ほんといきなり始めました(笑)。」

ここで暮らすひとたちともっと知り合いたい、その手段としてドーナツを焼きはじめます。ちなみに、どうしてドーナツだったかといえば、子どもが好きな形で、食べやすく、存在がキャッチーだったから。たしかにドーナツを食べている姿は老若男女問わずかわいいです。

加藤さん「いま思えば、移住したての頃はなんでもできそうなパワーがありました。

あと、うちの子どもは食物アレルギーがあって市販のお菓子がほとんど食べられませんでした。みんなが安心して食べられるおやつをつくりたかったんです。「ないならつくって、みんなで分かち合う」は岡山がくれた価値観です。」

ひとつひとつ丁寧につくったドーナツはマルシェで売りはじめると開店1時間で売り切れてしまうほど人気に。マルシェへ行き、加藤さんと話して、おいしいドーナツを抱えて帰る。そんなやりとりが岡山の暮らしの風景になっていった頃、加藤さんは、マチナカに店舗を構えることを考えます。

「毎週末、どこかのマルシェに出店していましたが、あまりに根無し草だなと思って。岡山に根をはりたい、という気持ちに数年かけてやっとなりました。夫の撮影スタジオと私の工房、そしてお店ができる物件を探しました。」

そして出会ったのが今の富田町の物件でした。また、工房を構えることを機に、ぜろどーなつ以外に、幼稚園や小学校の学童保育の手作りおやつをつくって届ける事業もスタート。従業員は移住ママさんが主で、子育て世代に融通が利く雇用がうまれました。

加藤さん「ここに工房をつくった一番の目的はママたちの雇用を生むことでした。見知らぬ土地に移住したひとの仕事をつくりたかったんです。仕事で一緒だと定期的に会えるからコミュニケーションが生まれやすい。なにより、わたしがみんなと会いたいから仕事をつくったといっても過言じゃないかも。何気なく一緒におしゃべりする時間が尊いんです。」

暮らすだけでなく、コトを起こす場所を持ったことでやっと岡山に根付いた気がしました、と加藤さん。移住時につながった縁も、一緒に働く場を持つことで、ドーナツの輪っかのようにつながり、子どもに安心して食べさせられるおやつが岡山で生産されるようになったのです。

大人気のぜろどーなつですからバリバリやっていくのかと思いきや、ドーナツ屋は週1ペースで、他の日は数校の学童のおやつづくり、と、マイペースな運営。

加藤さん「無理をしないことがモットーです。ずっと続けていきたいので。

学童保育のおやつも、コロナを機にお届けする規模を縮小させてもらいました。コロナ以前は、学校数が増えて広がりすぎたと感じていたのと、学校数が多いと人数が必要になり、コロナのクラスターを起こすリスクがありました。

コロナは、どんな働き方がいいのかってことを見直せる機会になりました。やっぱり、無理なく、自分が必要だと思える仕事だけをしたい。コロナ前は、忙しすぎてそれを考える余裕すらなかったですから。」

加藤さんは一貫して「子供のこと、家族のことが一番。家庭を犠牲にすること自体がストレス。」という信念をまんなかに据え、おやつ屋さんを営んでいます。

気を抜くとすぐに多忙になってしまう人気者でありながら、それに乗じて規模を大きくするのではなく、やりたい範囲内でやる。早く走ることもできるけど、のんびり歩いて楽しみながら進むような。これはできそうで難しいスタンスです。

こうして無理なく生まれたものには価値が生まれ、ぜろどーなつの魅力につながっているのだとも感じました。

やりたいことをやらせてくれるまちがいい

加藤さん「家庭が大事ですが、社会との接点も持っていたいので「ぜろどーなつ」をやっています。このスタンスで無理なくできるのは、このまちのおかげ。」

と、加藤さんも太鼓判を押す富田町・野田屋町は、岡山の繁華街でなく、歴史文化地区でもなく、ましてや観光地でもない。一見、閑静な住宅街としかいいようのない場所です。だからこそ、地価は高くなく、経済的負担が少ないため、各々マイペースに商いを行うことができます。

そして、加藤さんがもっとも推すのは、このまちの放っておきレベルの高さ。

加藤さん「みんな個々に好きなことをやっていて、連携しないし、密接に関わることも基本しません。会って挨拶するくらい。でもその距離感こそがわたしの岡山の好きなところです。事あるごとに集まって「なんかしよ」みたいな、祭りに駆り出されるような連帯感を持ち続けるのは疲れてしまいます。」

やりたいことを、やりたいようにやらせてもらえる場所が一番居心地が良い。いい意味で放っておいてくれる=オフグリッドしていることで、古いつながりに頼らずとも自立でき、つながりたいグリッドと積極的につながれる。

このまちの許容範囲を気に入ったツワモノたちが集まるのも納得です。

野田屋町の個性派ビルといえば「岡ビル」。

加藤さん「移住したての頃は、まちと密接に関わり合いを持ちたいって気持ちもありましたが、移住して10年くらいたつと、やりたいことをやれる場所のほうが気持ちがいいなって思います。

この辺りは駅との距離感もいいですよね。喧騒がなくて。うちのお店は駐車場がないので、お散歩にはうってつけのお店かもしれません。西川緑道公園を通って、のんびり歩いて遊びに来てほしいです。」

昨年、工房の裏手にアートスペースを拵え、不定期で展示会なども開催するように。写真は昨年行われた佐藤亮太さんの縫い物展。

加藤さん「きっかけは、スタッフのお母さんが絵を描いていて、みなさんに見てほしいなと思ったことからです。

お客さまはうちで色々やってほしいと思ってくださるけれど、そうじゃなくてもいいよね、ってじぶんのなかではそう思っています。そのとき、必要だなと思うことをやる。誰かのニーズに応えるのではなく、自分のなかのニーズに応えたい。

だから今後の展望も、特にないですよ(笑)」

そういって笑う加藤さんの軽やかさは、成長にこだわらず、等身大で生きるひとの持つ空気感。

心地よくお店を営めれば、まちの居心地がよくなり、自分や家族に還元されていく。加藤さんが、おやつ屋さんを続けていく意味もそこにあるといいます。

いま、岡山のまちなかにぴったりなのは「成長」ではなく「繁栄」。誰もが尊厳を保ち、やりたいこと、なりたいものを選べる機会が与えられ、信頼できる人々のコミュニティと地域の限られた資源内のなかで豊かであること。

ぜろどーなつがつくる輪っかは、美味しくて甘いだけでなく、移住者と地域、母と社会、まちとひと、そして次世代型経済、いろいろなものをつなげて、まちが繁栄しています。まちづくりにとっては“ドーナツ”、必要不可欠かも…?

無双の「放っておき力」で岡山にある良さが自然と集まり、ぐるぐるドーナツの輪っかのように循環するまち、富田町・野田屋町。もしかしたらここは、もっとも岡山らしい「経済特区」なのかもしれません。

加藤さんおすすめスポット

岡山県総合グラウンド
北区いずみ町2-1
加藤さんが「岡山のセントラルパークです」と誇る、通称「運動公園」。約35ヘクタールの広大な敷地に各種運動施設や遊具、豊かな自然を併せ持つ。

聞き手:アサイアサミ
東京都出身。大学在学中、宝島社入社。雑誌編集者を経てタワーレコードのフリーペーパー「TOWER」の編集長を5年間務める。その後フリーランスを経て、2012年岡山県へ移住し、広告会社ココホレジャパンを設立。移住情報誌TURNS副編集長などを歴任し、地方地域、環境問題、ライフスタイルなどのジャンルを得意とする編集者として岡山で楽しく暮らしています。

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