第8回:タイムトラベル級のトリップも可能!わざわざ訪れたくなる「奉還町4丁目」
まちを愛するひとのインタビュー その8
『とりいくぐる Guesthouse & Lounge』成田海波さん
我がまち奉還町を「岡山最後のアバンギャルドな下町」として紹介したのは第5回のこと。しかし、奉還町には奉還町商店街のアーケードを抜けたその先に、奉還町4丁目エリアがあり、商店街が続いているのです。
「奥京都」や「奥渋谷」など、知るひとぞ知るホットスポットに「奥」をつけて呼ぶことがありますが、ここから先も「奥奉還町」「奥岡山」「奥マチナカ」と呼びたい、めくるめく秘境がここに…!
我々の行く手を阻む、壊れてるのかと疑うほど赤信号が長い横断歩道と謎の壁画。
…まあ、秘境は言い過ぎですが(笑)それでもこの信号を渡ったあとにつづく商店街の雰囲気はまた独特です。猫がのんびりお散歩し、和菓子屋さんや焼き肉屋さん(名店)刃物屋さんなど、暮らしに密着したお店が軒を連ねます。
このまちに、お店のまんなかに赤い鳥居を構えた建物があります。それが、複合施設「NAWATE」です。かつてこの一帯が畷元町(なわてもとまち)と呼ばれていたことから、その名を引き継ぎました。畷(なわて)とは、あぜ道という意味があります。
その名の通り、鳥居が目印の「とりいくぐる」の外観。
この不思議な建物は、昔、お肉屋さんだった建物をリノベーション。その一角をゲストハウスとして、2013年に「とりいくぐる」が開業しました。また中庭を中心に小さなお店が集まる場所として、現在3店舗が入居しています。この建物がまちに現存していた奇跡にまず感謝したい。
その「NAWATE」から徒歩3分のところにある、地域に開くために生まれた「ラウンジ カド」。この2つのスペースが、奉還町4丁目のアンカーとして、このまちの魅力をつくっています。
お散歩マップ。※PDFをクリックするとダウンロードできます。
「NAWATE」と「ラウンジカド」を運営する「NAWATE PROJECT」のメンバーのひとり、個人的には「よ!女将」と呼びたい成田海波さん。彼女に、まちの魅力から楽しみかたまで、まるっと伺います。
成田海波さん(Minami Narita)
1990年青森県生まれ。2016年に岡山に移住し岡山奉還町4丁目を拠点とする「NAWATE PROJECT」のメンバーとして「ラウンジ・カド」と「Guesthouse &Lounge とりいくぐる」、シェアハウスなどを運営する。並行して東京工業大学社会理工学院建築学系都市・環境学コース博士課程に在籍し、地方都市圏における、市民の文化的活動をきっかけに生み出される創造環境のかたちについて実践・研究中。
「タイムスリップしたのかと思った」
旅人が「とりいくぐる」へ行くには、岡山駅から奉還町をほぼ横断してやってきます。また、ゲストハウスを備えているという特性もあり、「NAWATE」は交流を主軸においた設えの施設になっています。
まるで、奉還町4丁目のリビングルームのような「NAWATE」の中庭。
成田さんがはじめてこのまちにやってきたのは東京の大学院生だった2014年のことです。
成田さんが大学で勉強していたのは「社会工学」=まちづくりです。まちに関わって働けたらいいと思っていたときと、「NAWATE」や「とりいくぐる」がプロジェクトを拡大していくタイミングが合致し、成田さんは2016年春から奉還町4丁目にやってくるのです。
成田さん「まちづくりの仕事って面白いけれど、もっと現場で経験したいなと思っていたときに、岡山へ行く機会がありました。
そこで出会ったのが、今一緒に「NAWATE PROJECT」を動かしているメンバーであり、「NAWATE」をつくった建築事務所のココロエ片岡八重子さん、不動産屋のバルプランの石井信さんでした。「NAWATE」や「とりいくぐる」ができた経緯を伺って、もともと素敵な場所だなぁと思っていたけれど、不動産や建築のプロジェクトとしての面白さも秘めた場所だったことを改めて認識しました。」
「合同会社さんさんごご」が運営する「NAWATE PROJECT」のメンバーを中心に、NAWATE界隈にいるご近所さんたちとの集合写真。
「直感で動いた」と成田さんは笑います。彼女がこの場所に来たいと思った理由はなんだったのでしょう。
成田さん「このまちが気持ちいいなと思いました。きっかけは、移住する前年に、ココロエが『すまい・まちのリノベーション 3Dayスタディ』という3日間のイベントを行ったとき、私もお手伝いをしたんです。
まだ「カド」ができる前の空き物件で開催したのですが、まちのおばちゃんたちが「なにしてんの」と親しげに様子を見に来てくれて、その感じがいいなぁって。感覚的に、ここでおもしろいことが起こりそうな予感がしました。
ここは「建物が特別歴史があるなど町並み保存地区」などの類ではないけれど、下町風情があって、昭和の振る舞いといいますか。ひととひとが関わるための大事な部分が残っています」。
道路にちょうちょがあしらわれ、ほんわか度爆上がりの商店街。
たとえば、お年寄りが路上でおしゃべりをしていると、お店のひとが椅子を出してあげることが日常茶飯事。奉還町はどの店先にも、ひとが集まる風景がみえて、いいまちだなと成田さんは感じたそうです。
成田さん「また駅からすぐの場所がこんな感じなのも岡山いいなと思っていて。普通、駅から近くて利便性が高いと、チェーン店が乱立するし、開発も進んで、中途半端にマンションをつくってしまったり。そんな雑な場所になりがちじゃないですか。
それが、岡山は降り立ったらすぐにこんなまちがある。古い建物がそのまま残っていたり、だからこそ色々なひとがお店をやりやすかったり、住みながら商売ができるような建物がたくさんある。これって本当にすごいんです。私は最初、タイムスリップしたかと思いました(笑)」。
都市のかたちや都市を成り立たせている仕組みに興味があり、全国の地方都市を研究してきた成田さんの言葉は説得力があります。奉還町の「なんとなくいいかんじ」の正体が少しずつ見えてくるようです。
成田さん「ここにいる人達の振る舞いも気持ち良いです。ココロエの片岡さんは多忙な建築家ですが、まちづくりの相談に来た学生さんと「カド」で話しすなど、まちに開いています。KAMPの北島さんも『GREEN HOUSE CD & RECORD』を友達だからここに呼んできた、とか」。
奉還町の人たちは自分の職業は持ちつつ、まちを舞台に、ビジネスの有無に関係なく有機的に動いているといいます。経済合理性だけでは成り立たない価値が育っているのです。
いろんなジャンルのひとがボーダレスに集まれるところに
成田さん自身は、ここで2016年から「ラウンジ・カド」の場づくりを主に活動しています。カドは「NAWATE」に入居する「とりいくぐる」の姉妹店であり、もうひとつのラウンジという立ち位置で、まちに開く角地から、食べたり、飲んだり、見たり、話したり、歌ったり「する日」をつくっていくスペースとのこと。
ラウンジカドの外観。
成田さん「最初は、『とりいくぐる』が手狭になって、できなくなった飲食やラウンジ、イベントなど、宿滞在以外の機能を担っていました。
この場所をつかって、どこまでなにができるのか、スタッフやイベント企画者と一緒に遊び心を持ちながら多くのことを試しました。落語もやったし、ノイズのイベントもやったし、料理教室、ワークショップなども。その日一日を大切に、訪れたひとがこの空間をどう使うか、その日みえた風景をヒントに、次の取り組みや企画を考えて、新たに実践するサイクルを繰り返してきました」。
「カフェ」「食堂」「イベントスペース」などという固有名詞で区切っていないので、訪れるひとが流動的なのも「カド」の特徴です。
成田さん「ジャンルを固定すると常連さんのお店になってしまいます。角地で2面が道に面していてあけっぴろげなお店なので、入りやすくて、いろんなジャンルのひとがボーダレスに集まれるところがいいなと思いました。それだけで化学反応が起きますから。
そして、みなさんが奉還町4丁目に通ってくれたらいいなって。奉還町界隈に暮らすひとだけが来ているわけでもなく、岡山市内からだけでからもない、多様な人がここにわざわざ来てくれるだけでもすごいことだなっていつも思っています」。
そう。奉還町自体は駅に隣接したエリアですが、奉還町4丁目はその西の端。なにかのついでに通り掛かることはほとんどなく、目的地として「わざわざ」行く場所なのです。
週末を中心に不定期で行われる「カドびらき」でmoderado musicの岡本さんが流しにやってくるなど。
成田さん「だからこそ、ここでなにかをするときは、基本は私が心を動かされるコト、そして、長く関係を持てそうなヒトと、ここでイベントをしようと心がけています。
また単純な場所貸しはしないように決めています。場所は貸すけれど、私たちと一緒にやることで、さらにおもしろくできたらという思いです。
そして、イベント主催者さんがまた『とりいくぐる』に泊まって……と、宿とラウンジで循環が起こればいいなと思います」。
昨年から続く新型コロナウイルスの影響で、ゲストハウスである「とりいくぐる」は、役割に、「宿泊」オンリーから「一ヶ月滞在プラン」「日中滞在プラン」を組み込むことで、遠方からひとが来られなくなった分、地元の人たちへの需要が増えました。
日中滞在プランはこの素敵なお部屋に1時間¥1,000+1ドリンクオーダーで4時間まで滞在可能。グループでの利用もOK。( ※宿泊の営業再開のため、4/16で一旦終了)
成田さん「昨年は、コロナ禍の影響で採算が取れずやめていってしまうゲストハウスが多かったと思うんです。
私たちは、ゲストハウスをやるためにゲストハウスをしていたわけではなく、ひとの流れや、働く、暮らす、旅行する、そういう動きを見たりつくったりするのが面白いからやっています。流動的に、いまある場所でできることをするのが去年から今年にかけての流れです」。
「とりいくぐる」は、営業開始時間を午後から午前に早めたことで、まちのひとたちが活動している時間も動きが出るようになり、近所の人たちも顔を出しやすくなりました。またランチ提供を始め、ゲストハウス自体もまちに開いています。
今までゲストハウスって旅人の拠りどころとなる、どこかまちのなかの「異国」のようなイメージがありました。それが奉還町に非日常なエッセンスを与えていたことも確か。しかし、今の「とりいくぐる」は、以前よりぐっと奉還町に馴染み、日常の風景になった気がします。
そのことを率直に成田さんへ伝えると、「嬉しいです。ずっとそうなったらいいなぁと思っていたので」にっこり笑顔。この笑顔もその一因だよと、地元のおばさん(私)もほっこりです。
癒やし…。
わたしたちはいま、あらゆる常識が変化する渦中にいます。そのなかで「わざわざ」現地へ赴くこと、集まることの意味を考えます。以前より、ずっと選択と集中が必要となります。
そのなかで成田さんたちは、スタンスは変えず、時代の変化に対応する場をつくっています。「NAWATE」から「とりいくぐる」そして「カド」。まちの機能を、コツコツと備え続けてきたことで、どんな時代になろうとも訪れる人にとって、「居場所」となれる場をつくっていったのです。
再開発ゼロ、完全放置プレイの奉還町。多様性という言葉がもてはやされるずっと前から受け入れているカオティックなまち。これからどんなまちになっていくか、いい意味で想像できません。
でも、今の時代、どんなまちになっているか予想できないくらいのほうが可能性を感じるのは私だけでしょうか?
ここにしかないものだらけ。おもしろい生態系を育む稀有なまちです。
「NAWATE」のなかにある畑。スタッフや出店者、ご近所さんが思い思いの種をまいて植物を育てている。アスパラの苗のとなりにオリーブがあったり、自由でのびのびしたガーデンだからこそくつろげる場になっている。
成田さんおすすめマチナカスポット
安生
奉還町4-7-17
とりいくぐる横のうどんやさん。しっかりお出汁とこしのあるうどんにファン多し。注文したら、カドやとりいくぐるまでお盆で持ってきてくれるサービスも。成田さんのおすすめは「デラックス卵とじ」とのこと。
出水松月堂
奉還町4-12-13
成田さんが移住したときの最初の大家さんで、岡山の母的な存在ともいえる和菓子屋さん。いちご大福、桜餅、わらびもちなど、季節の和菓子が美味しい。
聞き手:アサイアサミ
東京都出身。大学在学中、宝島社入社。雑誌編集者を経てタワーレコードのフリーペーパー「TOWER」の編集長を5年間務める。その後フリーランスを経て、2012年岡山県へ移住し、広告会社ココホレジャパンを設立。移住情報誌TURNS副編集長などを歴任し、地方地域、環境問題、ライフスタイルなどのジャンルを得意とする編集者として岡山で楽しく暮らしています。